Mythosland:09 カラヴァッジョのクピードー

 目を開けると、わたしは自分の部屋にいた。

 幾度くり返してきたのか、もうおぼえていない。

 母親と朝食を食べて、学校に通う。カコがいてトモローがいて、以前となにもかわらない毎日がつづく。カコが告白するのを手伝ってというまでは。


「キョウちゃん。お願いがあるんだけど」


 自分の人生を生き直している、と自覚できるのは記憶があるからだ。

 上書きではなく、蓄積だ。

 二人の仲をもちつつ、三人仲良く過ごす学園生活。

 そして、突然訪れる二人の死。

 どうすればこの迷宮の外にでることができるのだろう。

 攻略本のないゲーム。

 二人を死なせないことが、この世界から外に出る方法ではないのかもしれない。

 だとしたら、世界はわたしになにをさせようとしているのだろう。


 授業中。生物の大間先生に人間のご先祖様の図表をみせられ、人の骨格図を書かされる。名称を一つひとつ記入していると、誰かが「肩甲骨は何のためにあるんですか」と質問をした。


「いい質問ね」大間先生はいった。「肩甲骨は人が天使だったときの翼の名残りといわれています。明日、目が覚めると、翼が生えているかもよ」


 クラスメイトから笑い声が上がった。


「そんな嘘、小さな子供にしか通用しないって」


 生徒からの声に、大間先生はおおきくうなずいた。


「そうね。みんなも知っていると思うけれど、ローマ神話に登場する愛の神、キューピッドの背中には翼が生えています」


 先生は黒板にチョークを走らせ、ずんぐりした子供に弓矢をもたせ、頭に輪っか、背中に翼を書いていく。


「肩甲棘の一部に関節を作り、さらに鳥のように肩甲骨を伸ばして翼を着けてみた場合、羽ばたくための筋肉をつけるスペースがなくなってしまいます」


 さらに肩甲骨と腕の骨、そして翼の骨格も書き加えていく。


「たとえ動かせたとしても、飛ぶために重要なことの一つには、左右の肩関節の位置が常に一定であることがあげられます。人間の鎖骨は、ある程度制限されていますが、左右別々に動かすことができるのです」


 しかも、と言葉をつなげて先生は続ける。


「翼を強く羽ばたかせるためには、強大で強靭な胸筋が必要不可欠。鳥は胸骨に竜骨突起という部分を発達させることによって、筋肉の付着部分を増大させている。なので、肩甲骨に翼を生やしたところで少しは動かせても飛ぶことは無理でしょうね」


 大間先生は、わたしに微笑んでいた。


「先生」

 わたしは手をあげて席を立つ。

「それじゃ、尾骶骨はなんのためですか?」


「面白い質問ね」

 大間先生はいった。

「尾骶骨は人が獣だったときのしっぽの名残りといわれていますね。いつかある日、おきてみたらしっぽがあるかも」


 クラスメイトから、乾いた声があがった。


「それはうれしくないです。お猿さんはかわいいけど、なりたくないな」

「しっぽがあるのは、なにもお猿さんだけとは限らない。犬とかキツネとか、猫とかね」


 悪い冗談だ。

 わたしは作り笑いをしながら席に座った。


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