Mythosland:04 愛のメッセンジャー

「キョウちゃん。ちょっといい?」


 昼休みのこと。

 わたしは、カコと屋上でお弁当を食べていた。

「おかずはあげないからね」

 わたしはタコの形をしたウィンナーを口にする。


「うっ……我慢する。だからお願いきいて」


 両手をあわせたカコがわたしをおがむ。

 まだ死んでいないからやめて、とつぶやきながら、ウィンナーを食べた。


 カコとは幼稚園からの友達。同じマンションに住んでいた頃からのつきあいだ。

 だからといって、何を考えているか正直わからない。わたしの予想をことごとく裏切ってくれる。わたしが知っている彼女は、スポーツ好きで体育系の部活から助っ人としてかり出される。だからといって、体育会系の部活には所属せず、仲のいい子たちとバンドを組んでいる。ギターを引くのが好きかといったら嫌いらしく、部活はわたしと同じ演劇部に所属していた。


「カコの頼みって?」

 なにを頼みたいのか、わたしは知っていた。

「その……トモローのことなんだけど」


 カコはトモローのことが好きなのだ。

 そしてわたしは、彼女の頼みを聞いて二人の仲を取り持つことになる。

 いわゆる、キューピッド。あー、そうだった。忘れていた記憶が、少しずつ蘇ってくる。わたしたち三人は、幼馴染み。彼女も彼も、同じマンションに住んでいた頃からの付き合いだ。

 ベランダからみえる月を指さし、「お月さんにも電気がついたよ」と声をあげた三歳の彼。はじめて炭酸飲料を飲んで、「とげが入ってる」といった五歳の彼。一緒に遊んだ夏の帰り道に、「汗が風さんに食べられちゃった」と笑った七歳の彼。

 遠足で動物園に行ったとき、「ぞうさんの鼻が長いのは雲の綿菓子食べるため」と語った十歳の彼。夏の終わりの花火大会で、「鈴虫もさびしくて恋しいから啼くんだね」とつぶやいた十四歳の彼。

 おとなしい子で、幼稚園のころは、まわりの男の子たちに泣かされていた。

 そのたびにわたしたち二人は、彼を守ってきた。


 カコは肩の力をぬき、

「キョウちゃんはどう思う?」

 少しうつむいたまま目だけを向けてきた。

「好きなの?」

 そう訊ねると、カコは顔をあげた。

 風が髪を乱し、顔にかかっている。振り払うこともせず、カコは黙ったままうつむいてしまった。


 臨界、というものがある。お湯を沸かしすぎて臨界をむかえて気体になったり、核燃料が臨界点を突破して核分裂を起こし原子力発電や原子爆弾になったり、体内に蓄積した花粉が臨界を越えると花粉症に苦しむといった、今までなんでもなかったのに突然変わってしまうということはありふれた話だ。誰かを好きになるのはこういうことなのだろうか。

 よりにもよって、幼馴染みのあいつなのよね……。

 誰かを取り持つことは、あまり楽しくない。

 まして幼馴染みの手助けはなおさらだ。わたしは天使ではない。なにより、愛のメッセンジャーなんて柄じゃないのだから。


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