Dream pilot:07 心残りをかなえる世界

「いらっしゃい、呉羽キョウさん。それともブランウェンと呼んであげたほうがいいかしら」


 わたしはカスミを連れて、高校の校舎内に来ていた。

 生物室だけに明かりがついていて、その部屋には、まるでわたしが来るのを待っていたかのように大間先生がいた。

 わたしは横長のおおきな実験机の上に飛び乗った。


「本当にめずらしい」大間先生はわたしを抱きかかえて背中をみた。「翼があるのね」


 何でもいいから元の世界に戻してよと、わたしはいった。

 でもやっぱり言葉にならず、むなしく鳴き声がでた。


「かわいいのはいいんだけど。そうね、このままではろくに話ができないか。残念ね」


 大間先生は指をぱちんと鳴らした。するとわたしはいきなり人間に戻った。まるで魔法みたいに一瞬にして。パジャマ姿で良かったとおもったけど、翼としっぽはついたまま。だから、生地を突き破っていた。


「これで話ができるでしょ」


 大間先生は近くの折りたたみ椅子に腰を下ろした。

 わたしは実験机から降りて、「あなたはいったい何者なんですか」ときいた。


「その質問は、自分が何者かをしっているものだけができる、唯一の質問よ。あなたにそれがわかっているとは思えないんだけど」

 先生は小さく笑って、足を組んだ。

「でも、呉羽さんは怖い顔してにらんでるから、教えてあげる。一応かわいい教え子だしね」

 もったいつけるようにいってから、夢先案内人のオーマ・マーヤだと名乗った。

「早い話、ここミュートスラントのガイドみたいなものね」


 差し出されるパンフレットを、わたしはおもわず受け取る。テーマパークのパンフレットみたいに全体の地図にわたしの家やトモローの家、カコの家、学校、それぞれの場所の説明が書き込まれていた。


「地図なしによくここまで来たわね。というか、ようやく気づいてくれた」


 オーマと名乗った彼女は一笑した。こけにされたような気がして、気分が悪い。それはいったいどういう意味なんだろうと考えようとしたとき、思い出した。


「そうだ、ずっとへんに思ってたけど、高校のときに大間先生なんていなかった」


「……おい」

 横で聞いていたカスミがあきれる。

「もっと早く気づけよ」


「そんなこといっても、高校を卒業してかなり経ってるから、記憶が曖昧で……。それより、トモローとカコっちを事故に合わないようにできないの?」


 わたしは思いつきを懇願すると、オーマに「それは無理」と笑われてしまう。


「ここミュートスラントは、生と死の境に生まれた世界。死者のさまよう街。生きている間に果たせなかった思い、『残念』な気持ちを糧に紡ぎ上げた夢の世界です」

「夢の世界なら、なんでも叶うでしょ?」

「むずかしくいうと、世界の神話と一人の神話が結びつく世界」

「なぜ難しく?」

「中身は大人だろ、君は」

 しょうがない、とオーマは呆れながら説明をはじめた。

「ここは、自分一人だけが夢みる場所。死を前にして思い返す、心残りをかなえようと夢みる世界。けど所詮、すべて夢だから、死んだ人が生き返ることはない。そして、ここに来ることは簡単。生きることに絶望し、あきらめて死を選べばいい」

「まだ、わたしは死んでない」

「たしかに生きている。だけど、ふとした瞬間に夢見人は思い出してしまう。かなえたかった夢、かつてみた夢、夕日が沈みかけるころに現れては消えるはるかな思いのかすかな記憶が、過ぎ去った日々と疲れゆくからだのだるさとともに思い起こさせてしまう。あきらめたはずだったのに、何気ないことをきっかけに戻れない時間に後悔する。そんな『残念』な気持ちがあれば、ここには誰でも入れる。逆に出るのは無理ね」


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