Episode:02 夢囹圄

Mythosland:01 なつかしい笑顔

 けたたましく鳴り続ける目覚まし時計。

 わたしは、うなされながら布団をかぶる。


「寒いんだから、もうちょっとだけ」


 だけど音には我慢できず、布団から腕を伸ばす。

 ようやく手が届き、目覚まし時計のスイッチを止めた。


「いい加減、はやく起きなさい」


 今度は階下から母親の声がした。

 そんなこと言わなくてもわかってる、と布団をはねのけ、部屋を見渡す。

 見慣れた星柄のカーテンのかかった部屋。机の隣にはぎっしり詰まった本棚、その上にCDやポスターが飾られていた。視線をずらせば、全身が映せる姿見鏡のとなりには制服がかかっている。

 ここは実家の、わたしの部屋だ。

 もう戻れない時間に触れたような、なつかしさが込み上がってくる。

 なぜだろう、ぼんやりする頭で考えてみた。

 たしか……昨日の仕事帰り、変なことばかりが起きた。

 挙げ句の果てに、一つ目の化け物が部屋に現れて……あれからどうなったの?


「いつまで寝てんの、遅刻するわよ」


 あわてて制服に着替え、部屋を飛び出した。

 台所にいくと、朝ごはんの用意をする母親がいた。テーブルの上にはお弁当がおかれていた。それには目もくれず、母親の顔をまじまじと見てしまった。


「なに? どうした?」

「母さん、若いね」


 目もとの小じわもシミもなくなっている。


「なにをいってるの、この子は」


 母親は笑って、寝ぼけたこといってないではやくごはん食べなさいといった。

 母親と二人の朝ごはん。パンをかじりながら思い出す。十八でわたしを生み、服飾の仕事をしながら一人で育てくれたシングルマザー。

 一人娘の将来を誰よりも案じてくれる人。

 感謝してる。ありがたいとも思っている。

 明るく陽気で、お酒を飲み過ぎることが悩みの種だけど、わたしは母が大好きだ。


「それじゃ、いってきまーす」


 身支度を済ませ、わたしは家を出た。

 どういうわけか高校生に戻ったらしい。

 鏡で見た自分の姿も、行き交う人たちも、通学電車内も街の様子も、すべてわたしが高校生のときのままだ。

 タイムスリップしたときはこういう感じになるのかな? ということは考えない。

 それよりも、若いというのはすばらしい。起きるときは、足腰の痛みを気にしながら重い体を引きずらなくても起きられる。なにより、肌のハリとツヤがちがう。これもあと何年かしたら、くすんで、かさつき、肩の凝りと足のむくみと仲良くなって、疲れがとれない体になってしまうかと思うと、「歳はとりたくないなぁ」ため息混じりにつぶやいてしまう。

 そんなことを考えて歩く道すがら、


「おはよ、キョウ」


 わたしの名を呼ぶ声にふり返る。


「カコっち、トモローもおはよ」


 そこにいたのは、碇矢可子イカリヤカコ愛敬友朗アイキョウトモロウ

 二人は、わたしの大切な親友だ。

 わたしは少し新鮮な感じで二人を見ていた。

 制服は、リボンの紐が長く、ブレザーの丈は短め。中にユニクロのメンズカーディガンを着ている。スカートは折っているから膝が見えているし、紺色のソックスがずり落ちないようにソックタッチで止めている。髪の毛先はすいていて、眉は細い。

 トモローに至っては、髪は染めていないし、とんがり頭もちょびヒゲもない。ズボンずりさげてわざと足を短くしてもいない。実に素朴なスタイルにノスタルジックを感じてしまう。


「若いって、最高よね」


 わたしは思わず笑ってしまった。


「キョウ、どうした? まだ頭寝てんの?」


 カコの言葉に、目は覚めてるよ、といって一緒に学校に向かった。


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