アザカワJK怪奇に挑む
残暑の熱気がこもった部室に生暖かい空気が通り抜ける。二つの教室机を向かい合わせに並べ終わると、遠山はくろを抱き締めてうりゃうりゃと体中を撫で繰り回したり自撮りを撮ったりして、くろは死んだ魚のような眼でその手に身を任せていた。
「ん~! もっふもふで可愛いねぇ! よーしよしよし」
「うにゅーん」
「えーと、遠山さん。こっち用意できたから……」
「はいはーい。またねくろちゃん」
遠山がそう言うと、くろは身をよじって床に降り、部室の隅のロッカーの上に跳び乗って毛づくろいを始める。やっぱり嫌だったか。ざまぁみろ。
「それじゃ、聞かせてもらおっか。逆こっくりさんのこと」
「あぁ、うん、何から話そう……」
向かいの席に座って、机に両肘をついて頬杖する遠山が上目遣い気味に俺の瞳を覗き込み、華やかな香りとともに聞いてくる。
いちいちあざとい仕草に参って思わず目をそらし、取り繕うように話の取っ掛かりを探す。
「えー、勿体ぶらないでよー」
「いや、そういうんじゃなくて…… どこから話したらいいかなって」
「最初っからで良いっしょ。みんなオカケンみたいなオカルトマニアじゃないんだよー」
「は?」
「え? オカルトマニアじゃないの? なんで?」
「なんでって……」
俺ってオカルトマニアだと思われてたのか……
いや、まぁ、オカルト研究部部長だから仕方ないけど……
「はぁ、まぁいっか。それじゃあ、まずはこっくりさんのことから話すよ」
「よっ! 待ってましたぁ!」
一体何のノリだよ。
それでもコロコロと変わる表情と軽いノリにいつの間にか遠山への意識は逸れて、一息ついて頭の中で話を組み立てる余裕ができた。
こういうところが人気の秘密なんだろうか。
「こっくりさんのやり方は知ってたよな。鳥居とか五十音とかが書かれた紙に十円玉を置いて全員が人差し指を乗せて呪文を唱えると十円玉が動き出すっていう」
「うん、有名だもんね」
「何で動くかは知ってる?」
「え? あれってホントに動くの? ってか、こっくりさんが動かしてるんじゃないの?」
空中で人差し指を動かしながら不思議そうに首を傾げる。信じてるのか信じてないのか一体どっちなんだ?
「いや、こっくりさんをしてる人が無意識に動かしてるんだよ。昔実験した人がいてね。十円玉が動く前に行き先の文字を全員が視線で追っていたり、誰も正解を知らない質問には答えられなかったり。そもそも、全員信じている人のグループでは動いて信じてない人のグループでは動かなかったり」
「へー、そんな事あるんだ。面白いね」
「んで、こっくりさんをすると呪われて発狂したり狐憑きになったりって話ってよくあるだろ。それか、夏休みにやってるテレビのホラー特番なんかでアイドルが心霊スポットに行って突然具合が悪くなったり泣き出したりパニックになったりして……」
「ちょっとまったぁ!」
何かのマネをするようにオーバーアクション気味に机をバシッと叩いて遠山が俺の話を遮る。これ、流行ってるのか?
「んん!? こっくりさん? アイドル?」
「どうかした?」
「こっくりさんから心霊スポットに行くアイドルって、いきなり話が飛んでるんだけど、それって関係あんの?」
「あー、そういやそっか」
確かにこれはオカルトの知識がなきゃ文脈がつながらないな。
「どっちも恐怖心をあおる情報があって、真っ暗な中で緊張感をもって決められた行動をとらないといけないって状況。人の心理ってこういう状況に凄く弱いんだ」
「ふむふむ、なるほど」
「特にこっくりさんみたいに何人かで一つのことをする場合は一人一人の恐怖がお互いに感染して増幅し合って全員に蔓延する。そして恐怖は限界まで膨らんだ風船が割れるように、まずは一番弱い子の心を破裂させてパニックを起こす。そうなったら全員が……」
さっきまでふざけて緩い笑顔を見せていた表情が話が進むにつれて次第に固くなり、真剣な眼差しを向けてくる。
「……怖いね」
自分の肩を抱いて身をすくめる遠山の姿は普段のイメージよりも随分と小柄で華奢だ。
「集団パニックって言ってね。昔こっくりさんがブームになった時は小中学生が集団パニックを起こす事件が多発して多くの学校で禁止令が出たこともあるんだ。子供は特に集団パニックを起こしやすいから」
「ふーん、だから怪奇現象とか呪いとかは関係ないんだ……」
遠山は肩を抱いていた腕をを下ろして一般の同級生より一回り大きい胸を乗せて強調するように腕を組み、「んー」と唸りながら視線を部室内に彷徨わせて考え込む。目のやり場に困るからいちいちそういうことすんな。
そちらを見ないように遠山の背後に視線を遣れば、いつの間にか教室の隅の机の上にロリケモノ三人娘がちょこんと並んで座って面白いものを見物するようににやにやとこっちを見ている。
こいつらやりたい放題だな。
「で、逆こっくりさんは?」
その声に意識を戻され遠山の方を見ると、不意に視線が重なる。その瞳は窓から差し込む西陽を映し、真っ赤に燃えている。
「ああ、えーと、そうだなぁ、誰が考えたのか知らないけど、願いを叶えるって願望に付けこんだり、成功するまで何度も繰り返しを強制したり、普通のこっくりさんよりもっと
「んー、このガッコのSNSグループの誰かがネットから拾ってきた噂らしいけど、
「きっとネットの愉快犯だよ。こういうことに詳しくて悪意のある」
「んーっ、そっか。ありがと、オカケン」
話が終わりと見るや緊張の解けた遠山は両腕を天井に伸ばし、俺の目の前で胸を反らして大きく伸びをしながら言う。だからそういうのはやめろ。
「話聞けて良かったよ。今の話、みんなに伝えとくねん」
「そりゃどーも」
打って変わっていつもの笑顔に戻った遠山に返事をすると、不意に眉間を人差し指でつつかれる。
「オカケンって、今までどんな人かあんまよくわかんなかったけど、なんか、良いね。もっと愛想よくすればいいのにぃ」
「はぁっ!?」
「あはは、照れてる。かわいー」
一体何なんだこの女は。
「うっ、うるさい! 用が済んだら早く帰れよ」
「えー、褒めてるのにぃ。しょーがない。それじゃあ帰るか。手芸部の片づけしなきゃだし」
「うん、また明日な」
「あっ、そうそう。私のことは呼び捨てでいいから。ちゃん付けとかまつりんとかでもいいけど」
「あー、はいはい。さようなら、遠山…… さん」
いきなり呼べるかっ。
「あはは。さよなら、オカケン。まったねー」
鞄を持って憂いが晴れたように勢いよく立ち上がって颯爽と部室を後にする遠山を見送ると、部室には微かな花の香りと怪しく目を光らせるロリケモノ三人組だけが残った。
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