逆こっくりさん

「逆こっくりさんっていうのはね……」


 遠山はタメを作って反応をうかがい、何が楽しいんだか分からないが楽しそうに俺の瞳をのぞき込んでくる。

 いや、そういうのいらないから早く言えよ。


「ふふふ、逆なんだよ」

「だから何が逆かって聞いてんだろ」

「オカケンには今更な話かもだけど、こっくりさんって幽霊だかなんかを呼び出して占ってもらうじゃん?」

「あー、うん。呼び出したこっくりさんに質問すると、例の紙の上を指を乗せた十円玉が何故か動いて質問に答えるのが本来のこっくりさんだな」


 俺の脳裏に『ひとりこっくりさん』をした時の、あの忌々しい記憶がよみがえる。


「うん、だからそれの逆」

「いや、だからどう逆なんだよ?」

「あはは、そんなに慌てないでよ。で、十円玉とあの紙を用意してこっくりさんを呼び出すところまでは同じなんだけど、そこからが違うの」


 そしてまたタメを作って俺の表情をうかがう。こいつはタメ技専門のキャラなのか?


「……お願い事を聞いてもらうの。十円玉を動かして」

「は?」


 一瞬何を言っているのかが分からなかった。

 そして待ち遠山はサマソを食らって驚いた俺の顔を見て悪戯っぽく笑い、それから満足げに悠々とスマホに視線を落とし指先を画面に滑らせる。


「まずはあの紙と十円玉を用意して、誰もいない教室に四人メンバーを集める。そして、四人であの紙を置いた机を囲んで十円玉を鳥居の上に置く。それから四人が人差し指を十円玉に置いて、呼び出す呪文を唱える…… ここまでは普通のこっくりさんと一緒かな」

「まぁ、バリエーションはあるけどだいたいそんな感じ」

「こっくりさんこっくりさん、おいでください。いらっしゃいましたら『はい』とお答えください。 ……そう言ってから、四人で十円玉を『はい』の方に動かして、また鳥居の上に戻すの」


 ゆるい笑顔を浮かべていた遠山は突然真剣な表情を作り、低くひそめた声でこっくりさんを呼び出す呪文を唱え、指先をスマホから空中の見えない十円玉に移し、説明しながら鳥居と『はい』のある場所を往復させた。

 その演技でようやくイメージが追いつく。と同時に背筋にぞくりと悪寒が走る。


「はい? 動かす!?」

「そ、自分で動かすの。で、それから、『こっくりさんこっくりさん、私たちのお願い事をお聞きください』って言ってから、決めておいたお願い事を、同じように十円玉を動かしてあいうえおの表から一文字ずつ指していく。終わったら十円玉を鳥居に戻して『こっくりさんこっくりさん、ありがとうございました。どうぞおかえりください』って言って、また『はい』を指してから鳥居に戻して四人同時に指を離す。あとは使った紙を燃やして、十円玉は次の日までに使うかお賽銭に使うかする…… と、こんな感じ。 ……って、おーい、聞いてる?」


 説明を聴きながら、その儀式が行われる状況を想像していると、目の前をひらひらさせる白く華奢な手に意識を戻された。


「あ、ああ…… 聞いてるよ」

「オカケン、汗びっしょりだよ。はい、これ使って」

「あ、ありがとう……」


 遠山がスカートのポケットから取り出して俺に差し出すピンクのハンカチに戸惑っていると「ほら」といって受け取るように押し付けてくる。


「それ、あげるから返さなくていいからね。 ……あ、汚いからって意味じゃないよ」

「それはどうも……」


 強引に促されるまま額の汗を拭ぐうと、微かなフローラルの香りが鼻の奥をくすぐり、不意に鼓動が高鳴った。

 ……いや、違うんだ。これは今の話を聞いた嫌な予感からであって、それ以外の何物でもない。

 目元をこすって顔を上げると、遠山は悪戯っぽい笑顔に戻り、そんな俺を見てきししと笑う。


「あー、それで、今の話なんだけど、四人で十円玉を動かすのって結構難しいぞ。途中で誰かの指が離れちまったらどうすんの?」

「うん、そこも説明があって、途中で指が離れた場合は『もう一度お願いします』って言って鳥居に戻って、お願い事を最初からやり直すの。 ……成功するまで何回もね」

「成功するまで…… 途中でやめた場合は?」

「呪われる。って書いてあるだけだねー」


 スマホをちらりと確認した遠山が今度は真剣な視線を向けてくる。


「……これってかなりヤバい奴?」

「うん、まだ詳しくはわからないけど、とにかく絶対にするなってみんなに拡散しといて」

「りょーかい」


 遠山は真剣な表情のまま短く返事し、スマホを操作しだす。そしてしばらくすると遠山のスマホからSNSの着信音が幾つも連続して鳴り出した。

 その返信に集中し高速でフリック操作する遠山に「ありがとう。助かった」と言うと、「こっちこそ。ありがと、オカケン」と視線をスマホに向けたまま返事をする。

 そして俺は急いであのロリケモノ妖怪三人娘の待つオカルト研究部部室へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る