第15話

「うぅ、どうして二人はそんなに落ち着いてるのよ」


 朝陽に照らされるティッカさんの泣き言に羽白が笑う。


「そんなに大きくなかったですし」

「結構大きかったわよ⁉」


 ティッカさんは涙目で混乱する。昨夜のことを思い出しているのだろうか。


「クラミ―、クラミ―はどうなの」

「特には」

「私⁉ 私がおかしいの⁉」


 眠れなかったのだろうか、ティッカさんには隈が出来ていた。

 ミラさんの予言が的中したのは眠りの深い頃だった。横に揺れる床、軋む壁、そしてティッカさんの泣き叫ぶ声。俺たちからしたらさほど大きくもない地震だったが、ティッカさんにとってはそうでもなかったらしい。治まってもしばらくはすすり泣く声がしばらく続き、その次は再び寝たらしい羽白を必死に起こそうとする声が聞こえた。


 朝になり、ミラさんの家に向かっている今もティッカさんは目を腫らしていた。森は昨夜のことなどまるでなかったようで、小鳥もそうだ。

 恐慌するティッカさんを羽白が宥めているとミラさんの家に着く。 

 裏手からなにか物音する。顔を見合わせて裏手に回ると倉庫のようなものがあり、そこでユーラさんが魔法を使って物を運んでいた。


「おはようございますユーラさん」

「おや、皆さん。どうかしましたか?」


 ユーラさんを手に持っていた物と浮かしていた物を置いた。服についていたほこりを払うと、こちらに来てくれた。


「ミラさんとお話したいと思って来たんですけど、物音がしたので。……なにをしているんですか?」

「村に滞在する商人の方々が予言の感謝に記しに物品をくださるのですが、その整理を。村のみんなにも配らなくてはいけませんし」


 ユーラさんの視線は積みに積まれた物に向けられた。


「それは、あの、そうとは知らずにすいません」

「いえいえ。商人の方々はここをよく利用されるので」

「ですが」

「では、代わりと言ってはなんですが、頼みたいことが二つあるんです」

「私たちにできることでしたら」

「ミラと喋ってあげてください。楽しみにしていましたので。もう一つはその時に話させていただきます。中へどうぞ」

 


***



「皆様、おはようございます! さっそくお話をしにきてくださったのですね」


 窓際の椅子に座っていたミラさんは花のような笑顔を浮かべた。


「でも大地の怒りは大丈夫でしたか?」 


 今度は萎れた。


「はい。ライラさんは凄い怖がっていましたけど」

「あ、あたりまえじゃない!」

「ご無事なようでよかったです」


 再び花が咲いた。実に忙しい表情だ。

 ユーラさんがお茶を入れてくれた。密を溶かしてあるというお茶は安心するような甘さだ。


「村の皆さんは大丈夫なのですか?」

「それは大丈夫だと思いますよ。大地の怒りのある時はいつも予言を言い渡してあるので。そうだよね、姉さん」

「ええ。今朝見て回りましたが被害も特になく。既にいつもどおり農作業などに向かっていますよ」


 慣れているのだろうか。


「予言というのは凄いですね」

「ありがとうございます」


 微笑む羽白と微笑み返すミラさん。絵画にでもできそうな光景は止まることなく続く。もちろん絵ではないから匂いも声も感じ取れる。が、やっぱりそれは画面の向こう側のような光景で、触れられなくて、どこまでも遠いことのように感じられた。


「少し、よろしいでしょうか?」


 現実に引き戻したのはユーラさんの声だった。


「さきほど言っていたことなのですが」


 部屋の隅にいたユーラさんがミラさんの横に立つ。美人は下から見上げても美人だ。


「ティッカさんはバルドだと言っていましたね」

「え、そうですけど」

「でしたら、ミラのことを、予言のことを広めないでいただきたいのです」

「……え?」


 ぽつり、と屋根を叩く音がした。気が付けば光は白く滲み、部屋は暗くなっていた。

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