第39話:チート技能を授けよう!

「うむ、分からん」


 浴衣の着付け方。それを調べた結果が、情けないことにこれだった。

 だって、実物がないと分からないし、あってもこの手順は分からない。


「浴衣って、適当じゃダメだってのは聞いてたけど、まさかこんなに複雑だったとは」


 最初はよかった。ちょっと調べて、翌日実物を使えばいいと思っていたから。

 でも調べれば調べるほど深みにハマっていく。

 浅い情報だけでは、幸芽ちゃんを綺麗に着飾ってあげることはできない。

 もっと……。もっと……。


 と、どんどん詳しいものを調べていくうちに、奥深い浴衣事情を知ることとなり、膝をつく。

 ダメだ。分からない。そういう、深く知りすぎて逆に分からなくなってしまった類の分からないだ。


「って言っても、知り合いに任せられる人いないし……」


 以前から思っていたけど、転生前にファッション雑誌とか、浴衣の着付け方とか学んでおくべきだった。

 そうしたら、今頃もうちょっと可愛らしいわたしを演出できたというのに。


 スマホをベッドに投げ捨てて、わたしも横になる。


「さーて、どうしよっかなぁ」


 頼れる人もいなし、明日は普通の洋服でかぁ。

 もし神様がいるなら、浴衣の着付け方の一つや二つ教えてくれないものか。

 ばかみたいなこと、かんがえてるな。それが出来たらくろうしないのに

 ……ちゃんと、きていく服、きめておかないと、なぁ。

 うとうとと、まぶたが落ちる裏側に映っていたのは、幸芽ちゃんの可憐な浴衣姿だった。


 落ち行く意識が何かに引っ張られるようにどんどん白い世界へと塗り替わっていく。

 そして重力に引かれた足を着地させれば、夢の中ではいつもの彼女がいたのだった。


「やっほ! また会ったねぇ」

「何かご用で?」


 わたしを楽しんでいるこの忌々しい女こそ、自称カミサマ。

 そう、またもや神様の居場所にやってきたようだ。

 いつものように、というわけではなく、今回は浴衣姿を着飾っていた。


「用があるのは、あなたなんじゃないかなぁ?」

「別に、わたしは会いたいだなんて……」

「思ってたはずだよ、神にもすがる気持ちで、みたいなのを」


 ニヤリと笑い、彼女は指をパチリと鳴らす。

 そこは屋台に提灯と、まさに夏祭りの会場だった。


「……浴衣の件?」

「そーそー。もし神様がいるなら、浴衣の着付け方を教えてー、みたいなさ」


 確かに考えたかもしれない。

 しれないけど、まさか自称カミサマの方から歩いてくるとは思わないでしょ。


「思ったけど、でもそんな都合よく――」

「できちゃうんだよねぇ、これが」


 「うーんと、そうだなー」と自称カミサマが人差し指で屋台を選んでいく。

 すると何かに目を付けたのであろう。指先にあった屋台がカミサマに引っ張られるように、こちらにやってくる。


「物理法則もあったものじゃないね」

「それが神様だからね」


 手に取ったそれに対して、左手を開いて近づけると、手のひらから現れた光をそれは浴びる。

 発光しだしたそれを、わたしに手渡すように差し出してくる。


「これ、カミサマからの啓示ね」

「チョコバナナでいいの?」


 手渡されたチョコバナナは全体的に白く発光しており、そういうあれそれを薄い本の中で見たことがあるような見た目をしていた。


「今、わたしが神様の御業で与えたのは浴衣や着物の着付けができるようになるスキルみたいな。よくあるよね、転生特典だの、チート技能だの。そういうそれよ」

「ツッコミどころ満載なんだけど」


 そもそもそんなものがあったら、心を読めるようになるチート技能とか欲しかったよ。

 あと時期も遅いし、内容が限定的すぎてしょっぱいし。なんなのさこれ。


「欲しくないの?」

「いや欲しい! 欲しいんだけど、さぁ……」


 問題点は二つある。

 一つはこの白いモザイクチョコバナナを食べなくてはいけないところ。

 これは百歩譲っていいだろう。わたしじゃなくて幸芽ちゃんにさせるんだったら、速攻で叩き落すところだったけど。


 問題はもう一つ。

 この自称カミサマの手の上で転がされている。それが嫌で嫌でたまらないのだ。


「うんうん、分かっちゃうなー。やっぱりカミサマのこと嫌いなんだね」

「わたしのことをおもちゃみたいに思ってるし、そもそも性格が悪い」

「自覚してるよ。でも前者は間違い」


 自称カミサマは不敵な笑みをニヤリと浮かべる。

 その含みの入った笑い方が、とてつもなく気味悪かった。


「わたしは世界を、あなたを愛している。愛ゆえに。それは分かってほしいなぁ」

「そういうところが不気味なんです。無償の愛ほど、信用してはいけないって」

「あなたも同じ穴の狢だと思うけどな。少なくとも幸芽ちゃん目線じゃ」


 下からわたしを見透かすような覗き方に、一つため息を吐き出す。

 分かっている。幸芽ちゃんから見たわたしは、少しいびつに見えていることぐらい。

 だけど、この女にだけは言われたくない。本能から大嫌いな女にだけは、絶対に。


「貸して」

「ちょっと色っぽくね。わたしは両刀だからさ」


 白モザイクのチョコバナナをひったくるように奪い取り、バナナの先の方を大きな口を開けて噛み千切った。


「あー、いたそー」

「これは、あなたへの反逆だよ!」


 がつがつと貪り食うようにチョコバナナを食べきると、体の内側がぽぉっと光り、落ち着く。

 確かに浴衣の着付け方を頭で理解したような感覚に陥る。


「そういうところだよ。そういうところが、カミサマを魅了させるんだ」


 胸の上側、胸板辺りを指でつんと突く。

 思ったよりも力が弱い彼女の指を受け止めながら、怪訝な顔をする。


「あなたは、何がしたいの?」

「願わくば、あなたが幸芽ちゃんからの好きチャレンジに失敗すること、かな」

「どういうこと?」

「あなたの魂はもはやカミサマのものだ。だから好きなように使ってもいい。ここで永久に過ごすことだってできる」


 つまり、それはわたしのことを奴隷か部下のように働かせるということ?

 そんなの……。


「拷問かなにか?」

「あはは、そう思っちゃうよね、あなたなら」


 ニヤリと笑って、突然道端に現れた白いソファーに座る。


「思っているよりも、カミサマはあなたを気に入っているってこと」

「……そう」

「願わくば、あなたが成功することを祈っているよ。あなたのために、ね」


 地面から落ちる。突然わたしの足元に穴が開き、そのまま置いていく。


「じゃーね。今度は、二学期に」


 まぁいいか。これからは、わたしと幸芽ちゃんの夏祭りデートなんだから。

 漠然とどういう予定を立てようかと考える。

 うん、チョコバナナだけは食べさせないでおこう。

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