第37話:温故知新。過去を知って理解する

「……疲れた」

「ウケる」

「ウケないが?」


 正午零時すぎ。我、眠い。

 ビーチチェアで横になり、ぐでっとチカラなく倒れる。

 は、はしゃぎすぎた。ここにきてからまだ二時間しか経っていないというのに。


「姉さん、体力なさすぎ」

「い、いやぁ。若いってエネルギッシュでいいねぇ」

「大して変わらないじゃないですか」


 身体自体は確かに花奈さんと変わらない。

 だからそこにあるのはわたしの努力不足である。

 単純に何もしてないから体力が落ちているのだ。お腹周りのお肉が少し気になるし、ちょっとは運動した方がいいんだろうなぁ。めんどい。


「なにかお腹に入れたら変わるんじゃないか?」

「たぶん……」

「じゃあなんか軽めのもん買ってくる! 他の二人は何がいい?」

「焼きそば―!」

「じゃあ、たこ焼きで」


 涼介さんが気を利かせてか、一人で買い出しに走っていった。

 まぁ涼介さんだし、何とかするか。


「うぅ……。ごめんね、こんなへっぽこお姉さんで」

「まったくですよ。午後はスパでも行きますか?」

「あ、いーなー! あたしも行っていい?」

「はい。大丈夫ですよ」


 スパかー。サウナ行きたいなぁ。汗を流してさっぱりしたい気分だ。


「にしても、あんたが幸芽ちゃんかー」

「な、なんですか?」

「ううん。花奈ちゃんの彼女さんはかわいいなーって話!」

「んなっ?!」

「でしょー!」


 ふんすと鼻を鳴らすわたしに、驚く幸芽ちゃんは仕返しというには弱いくらいに一緒のビーチチェアにドカッと座る。

 照れ隠しかー。かわいいなぁ。


「昔の花奈ちゃんはそんなことなかったのにねー」

「まぁ、そうですね」


 昔のわたし、というか転生する前まで過ごしていた花奈さんはいったいどんな人だったのだろうか。

 わたしは少し気になってしまった。

 わたしにはそれを知る権利がある。そう思ったから。


「昔のわたしってどんな感じだったの?」


 変な質問だけど、わたし記憶ないし。そういう設定なだけだけど。


「あはは! 変なしつもーん!」

「ま、まぁそうですね。あはは」


 事情を知りかけている幸芽ちゃんと、そんなことつゆ知らずの檸檬さん。

 なんとも対称的だ。それだけ関係に差があるのだと考えれば、自然なことなのだけど。


「ゆーて、あたし目線より、幸芽ちゃん目線の方がよくない?」

「私目線ですか……」


 まず最初は。という幼馴染の視点から口にしてほしいという視線を出す。

 やや息を吐き出し、膝に手を置く。


「姉さんは、なんでもできる大和撫子だったんです。勉強や運動。料理はアレでしたが、基本はなんでもそつなくこなす才色兼備な姉でした」


 曰く、幸芽ちゃんも憧れる理想の女性だったという。

 ゲームの中だからこそ、なんでもできて、美しく、主人公に恋しているそんな女の子。

 現実にはいないだろうな、そんなチートキャラ。

 あ、でも案外主人公に恋している、以外はいるかも。


「今がこれなんですけどね」


 指差した先には勉強は徐々に遅れを取り戻しているものの、運動がからっきしで、料理もイマイチな美少女がいるわけで。

 な、なんとでも言え! わたしは以前の花奈さんじゃないんだから!


「記憶ってマージ重要なんだなー」

「だねぇ。ホント勉強の遅れを取り戻すのが大変で」

「でも最近いい感じの点数とれてるじゃん。この前の期末だって順位結構高かったよね」

「あれは、たまたまヤマが当たっただけだから」


 あと、自分で言うのもあれだが、これでもわたしは地頭がいい。

 この二十六年歩んできてそう思うのだから間違いない。

 子供の頃は神童とか呼ばれてた気がしないでもないしね。


「でも、私から見たら残念な姉です」

「そして恋人と」

「ちが、くはないですけど……」


 まったく素直じゃないなぁもう。

 ツーンとしながら幸芽ちゃんがそっぽを向くので、すっと手を伸ばして彼女の足に触れる。


「恋人だもんね!」

「……そういうことにしておきます」


 あー、この女がわたしの人生を狂わせたのだと思うと、本当に罪な女だ。

 と、そういう話は置いておいて、だ。


「檸檬さん目線から、昔のわたしってどう見えたの?」

「まー、言ってもあたしの所感なんだけどさ。めっちゃ気に入らない女だった」

「へ?!」


 檸檬さん曰く、高嶺の花。触れる相手は大抵玉砕される。みたいな人だったらしい。

 見た目も整ってて、才能にもあふれている。さらに優しいともなれば、人はこぞって告白する。

 そしてあえなく玉砕。


「マジちょーしのんなー、とか思ってたわ」

「檸檬さんこわ」

「そりゃ、あたしが好きだった人がフラれたらキレるっしょ」

「うひゃー」


 それでも、今こうして一緒に遊んでくれているってことは、少し心境の変化があったのだろう。

 それについても聞いてみた。


「まぁ、最初は陥れてやろうかなーとか思ってたよ」

「本気で?」

「マジマジ。でも今までの態度が嘘みたいに変わってさ。なんかどーでもよくなったんよ」


 そうして接しているうちに、わたしに愛着がわいて、今はここにいる。

 というところまで話して、一段落。

 座っているわたしの頭に手を置いて、こう告げる。


「なんにせよ、あたしは今のあんたの方がいいって思うよ。ファンクラブもできてっし」

「ふぁん……え?」

「檸檬さん、それは……」

「あれ、知らんかったん? じゃいいや」


 それ聞いたことないんだけど。なんでそんなことになってるの?!

 生前の花奈さんなら分かるけれど、なんでわたしが?!


「それ詳しく聞きたいんだけど!」

「大丈夫ですよ。私が守りますから」

「お! 妹ちゃんやるー!」

「じゃなくて! なんなんですか、その話ぃ!」


 それ以降、ファンクラブの話を聞いても帰ってくることはなかった。

 すごく気になる。気になって夜しか眠れない……。

 でもバスではぐっすり眠れたので何よりだ。

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