第24話:こぼれ落ちた気持ち

『好きだよ』


 冗談なのは知っている。

 今日はずっと姉さんとそのお友達の後ろをついて回っていたから。

 私のことでずっと悩んでいたのも知っている。

 最近元気がなかったことに、申し訳ないなって気持ちでいっぱいだったから。


「でも、なんで……」


 走りながら考える。

 その告白を耳にした瞬間、私の頭は真っ白になってしまった。


 なんで私、こんなにも悔しい気持ちでいっぱいなんだろう。

 なんで私、こんなにも悲しい気持ちでいっぱいなんだろう。


 なんで私は……。


 その感情の正体を、私はぐちゃぐちゃと黒い墨で塗りつぶす。

 だって見たくないから。考えたくないから。認めたくないから。


「待って、幸芽ちゃん!」

「っ!」


 人も気も知らないくせに。

 待てと言われて待つような人間ではない。

 それに、追ってきている相手こそが、一番嫌な相手で。


「幸芽ちゃん!」


 付きすぎず、かといって離れすぎず。どちらが疲れて足を止めるか。

 まさにチキンレースのそれに近かった。

 いや、チキンレースは対面だったっけ。私はただ逃げているだけですからね。


 大きな公園に入って、この身を森の中に隠す。

 「幸芽ちゃん!」と私の幼馴染であり、恋人が声を上げる。

 息を殺して、その声が通り過ぎるのを待つ。

 しばらくして声が聞こえなくなったのを確認し、大きなため息を吐き出した。


「なんで、私……」


 なんで隠れているんだろう。もっと堂々としていればいいのに。

 だって、あれは冗談で。お友達が姉さんを励ますためにわざと言った言葉だ。

 それ以上の意味はないし、それ以上の感情はない。ない、はずなんだ。


 まるで自分に言い聞かせるようだ。

 私が好きなのは兄さんであって、姉さんなわけないのに。ないはず。


「私どうしちゃったの……?」


 姉さんが人気者なのはわかる。

 それは記憶がある時もない時も変わらない。

 むしろなくなってからのほうがフレンドリーで接しやすくなっていた。

 人気もそりゃ出る。最近じゃ非公式のファンクラブまでできたという話も聞く。


 見た目もいいし、性格も優しいし。

 なんで、私なんだろう。

 自分で言うのもあれだけど、見た目はそこそこしっかりしてると思うし、性格だって悪くないほうだ。

 少なくとも兄さんや姉さんに釣り合うようにと頑張ってきた。

 それでも、私に告白したことが信じられなくて。


「いっそ、姉さんの本音を聞ければ……」


 分からない。分からないですよ。姉さんの真意も。私の心も。

 ……もう行ったかな? だったら家に帰らなきゃ。夕飯の支度だってあるし。


 幼馴染で隣の家にいて。それで逃れられないことは百も承知している。

 だけど、兄さんがいる手前では口にできないだろうし。

 これでいい。私がこらえればいいだけの話。そのうち忘れるに違いない。姉さんへの気持ちも、何もかも。

 そして兄さんに告白するんだ。好きです! って。

 そうしたら二人で付き合うんだ。幼い時からの夢を叶えられて……。


 ――そうしたら、姉さんはどうなるの?


 胸に刺すチクリとした痛み。

 姉さんが兄さんとデートした時と、姉さんがお友達に告白の冗談をした時と同じ痛み。

 答えはもうすでに出ている。だけど、口にしたら今までの私が崩壊してしまう気がして。


 夕暮れの帰路。沈みゆく太陽に、昇る月。昼と夜の間の時間。

 その特別なひと時に、私は思い悩む。

 どうしたらいいんだろうって。私は、私の本当の気持ちに……。


「はぁ……はぁ……っ! 見つけた!」

「……姉さん?」


 その声を聞き間違いなんてしない。

 私の幼馴染で、私の恋人である清木花奈であった。


「幸芽ちゃん、さっきのは……」

「分かってます。あの場の一部始終はちゃんと見てたので」


 ならなんで。そう自分が自分に問いかける。

 私の気持ちは、今どこにあるのか。それを知らなければならない。


「じゃあ……。いや、こんなことを言いたいわけじゃない」


 でも、知りたくない。

 さっきも思った。私が私でなくなってしまうのが怖いから。

 今の私の行動原理。その根底にある『何か』を、私は知りたくない。


「幸芽ちゃん、よく聞いて」

「……嫌です」

「聞いて」

「嫌だって言ってるじゃないですか」

「じゃあ言うね」


 やめてください。私をもうかき乱さないで。

 いつの間にか掴まれた左腕はもう逃がさないようにとしているみたいで。

 思いっきり振り切って逃げれば。今がそのチャンス。最後の機会。

 だけど、そんな気持ちが起きない。聞きたくないって気持ち、口に出してほしいって気持ちが混在しているから。


 息を大きく吸って、吐き出して。

 真っ直ぐに据えた私を目にして。


「わたしは幸芽ちゃんが一番好き。それだけは、信じて」


 その真っ直ぐな好きから、私は目を背ける。

 信じたい。信じさせて。お願いだから。でも……。


「じゃあ、なんで……」


 ――なんで兄さんと、デートしたんですか。


 私の口から、自然とそんな言葉がこぼれ落ちてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る