第2話:記憶喪失ってことにしておいて!

 ひょっとして、まだここって夢なのかな?!


 現在の状況を端的にまとめると、だいたいこんな感じになるのではないだろうか。

 何の拍子か。実は転生か、それとも夢なのかはさておき。この世界が美少女ゲーム『花の芽ふーふー』であることには間違いない。


 美少女ゲーム『花の芽ふーふー』。

 妙なネーミングをしているものの、コンシューマーゲームとしても発売されたことがあるほどの人気作だ。

 ヒロインは二人。

 優しいお姉さんチックで、少しおっちょこちょいなメインヒロイン『清木花奈』。

 そして主人公の義妹で、世話焼きな女の子。サブヒロインの『夜桜幸芽』。

 この二人と交流を重ねていって、恋愛していく―、みたいな趣旨だったはずだ。


 それなのに、何故わたしが主人公である夜桜涼介ではなく、花奈さんの中に入ってしまったのか。


 そしてもう一つ問題点がある。

 わたしは、このゲームまだ未プレイだったんだよぉ!


「あはは、ちょっと今までの事、思い出せなくって」


 こういうのって記憶を引き継ぐのがベターじゃないんですか?!

 花奈さんがどういう性格だったか、これっぽっちも分かっていない。

 それもそうだ。幸芽ちゃん経由でこのゲームを知ったのだから、幸芽ちゃん以外のことは眼中になかったのだ。

 そりゃあ、うん、口調も何もかも分からないよね。


「病院行ったほうがいいんじゃないか?!」

「い、いやそこまででは……。ほら、こうやって生きてるし!」


 その豊満な胸をそらして、鼻から息をこぼす。

 だから記憶喪失、ということにした。そうでもしなきゃこの状況誤魔化せないし。

 記憶がすり替わって言っておけば、意識がすり替わっていたって多少のことはバレないだろう。

 初対面の二人には申し訳ないけど、そういうことにしておきます。


「やっぱり心配です。あれだけ派手に吹き飛ばされたのに……」

「え、どのぐらい?」

「二、三メートルぐらいかと」

「うわーお」


 その割には擦り傷一つない。まさに健康体だ。

 どれだけ綺麗な受け身を取ったのだろうか、花奈さん。


「でもほら、わたしピンピン! 怪我とかないし!」

「それでも心配なものは心配です。私の幼馴染なんですから」


 清木花奈と夜桜兄妹は昔からの幼馴染であった。

 そんな閉鎖的な空間だからこそ、生まれる恋がある。それが『花の芽ふーふー』という作品だったらしい。

 もっとも、わたしはもうプレイできないであろう作品なのだけど。


「……じゃあ、わたしのことしばらく介護してよ!」

「え?」


 そしてこれは好機である。

 記憶を失った、ということは誰かの介護が必要になると言うこと。

 つまり、それを愛しの幸芽ちゃんにしてしまえば、合法的にお近づきになることが可能なのだ。

 なんて頭のいい考え! 悪魔的な発想! これは悪女と言われても不思議ではない!


「じゃあ俺がやろうか?」

「えっ?!」


 それは聞いてないですよ?!

 涼介さん、別にあなたのことは嫌いではないけれど、好きでもないんですよ。

 だからできればそのー。なんと言いますか、幸芽ちゃんがいいと言いますかー。


「あっ! それなら私がやります! 兄さんは引っ込んでてください!」

「えぇ……。なんでそうなるんだよ」

「なんででもです!」


 何故か幸芽ちゃんに決まってしまった。

 とてもよいことなのだけど、それはそれとして対抗意識を燃やす理由が分からない。

 うーん。これはゲーム本編やってないと知らないことなのかなー。


「えっと、介護役は幸芽ちゃんでいいんだよね?」

「はい。よろしくお願いします」

「うん! よろしくね!」


 差し出した握手の手をぎゅっと握って交流を交わす。

 幸芽ちゃんのおてて、柔らかいなぁ。

 気づけば、左手で幸芽ちゃんの手の甲をスリスリしていた。あぁ、肌すべっすべ……。生幸芽ちゃん……、犯罪的……!


「あ、あの。姉さん?」

「ん? なにかな」

「や……。え? ……なんでもないです」


 萎縮しちゃってる幸芽ちゃんはかわいいなぁ。

 などと考えながら、わたしは彼女の優しさを感じ取っていた。

 これでも見知らぬところにきて寂しかったんだ。

 だから幸芽ちゃんのこと、本気で感謝してるんだよ?

 ありがとう。これからよろしくね、幸芽ちゃん。


「なにか言いました?」

「ううん。なーんにも!」


 もしかしてわたしの独り言が口に出ていたのだろうか。

 小声でも、さすがに恥ずかしいな。

 照れを隠すために、社会に出た時から手にした武器である持ち前の愛想笑いを浮かべる。

 大丈夫かな。バレてないかな。そんなことを考えておきながら。


「ではまずは授業に戻りましょうか」

「へ?」

「まだお昼休みですからね」

「……はい」


 そっか。ギャルゲーと言えば学生。学生と言えば、授業だもんね。

 いきなりテンション下がってきちゃったな。

 生徒たちの騒ぎ声や、かしましく通り過ぎる女の子たちの鳴き声を聞きながら、同時に若返っちゃったな、なんて冗談も思いつく。

 学生時代。それなりに普通だったと思うけど、青も春もなかった日常だった。

 なら、これからは愛しの幸芽ちゃんを落とすために頑張りまっしょい、わたし!

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