第2話 運命の選択

 獣の――犬の遠吠えが構内に響き渡る。

 それも一箇所だけじゃない。大学のあちこちから犬の遠吠えが同時に聞こえた。

 大学の構内に赤犬みたいな奴らが複数いるみたいだ。


「うわっ、うるさいなあ。着ぐるみ集団といい何処のサークルの催しかな?」


 リオはサークル勧誘の一環だと思ったようだが、俺はだんだん違和感を感じてきた。


 少し離れた所にいる着ぐるみ集団をよく見てみると、着ぐるみ特有の人が中に入ってる感じがなかった。ハリウッドの特殊メイクみたいなレベルのリアルさだった。


「なんかおかしくないか? 着ぐるみにしてはリアルすぎて見た目が怖いし全員身長が低すぎる。中身が小学生ぐらいじゃないといけないぞ」


「言われてみれば僕よりも低身長だね。誰かの弟か妹に手伝ってもらうにしても、平日の昼間にあれだけの人数を簡単に用意できないよね」


 そうだ。

 サークル勧誘の一環だとしたら趣向を凝らし過ぎる。

 それにリオはあの集団が突然現れたと言っていた。その時は冗談か何かかと思ったが、もし本当に突然現れたとしたら――。


「これってもしかして最近ネットやニュースになってる化け物の目撃情報とか異常気象に関係あるのかな?」


 リオが言う不可思議な現象や存在の情報。

 それらはここ一か月ぐらいから世界各地で頻繁に起こる様になっていた。

 謎の巨大生物の多数の目撃情報。豪華客船や飛行機消失事件という痛ましい出来事の他、局所的な赤い雨や砂漠が一夜にして雪原になるなどの情報が世間に出回っている。

 未だに原因も正体も不明のまま、オカルトじみた噂がネットに広まっていた。


 あの集団もそうだと言うのだろうか。


 その場でリオと話してると、サークル棟近くにいた学生たちがスマホ片手に怪しい着ぐるみ集団に近づいていく。

 周りの好奇心旺盛な何人かの学生たちも近くで見てこようと足を運んでいった。


 するとピンポン――というチャイム音が頭の中に聞こえた。

 何だ今のはとリオに尋ねる間もなく、目の前に透明な板が瞬時に現れた。

 透明な板の外枠は青色に光っていてゲームのメッセージウインドウみたいだった。

 そのウインドウには黒色の文字と数字が書かれていた。


 驚いてそのウインドウから離れようとするが、俺はそこから一歩も動けなかった。

 まるで時間が停止したような感覚だった。

 とはいえ目は動かせないが視覚はあるし思考もできるから脳は機能している。それなら心臓や他の臓器も問題ないはずだ。


 ただ体が石になった様に身動き出来ない。


 そして視界に映る着ぐるみ集団や周囲の人間まで止まっているのに気付く。そこら中から聞こえた遠吠えもいつの間にか聞こえない。それどころか物音一つしていなかった。

 隣の席にいるリオを視界の端に捉えると、この異常事態に対して動く様子がない。他と例外なく瞬きもせず人形の様に固まってしまっている。

 これはやはり周囲の時間が止まっているのか。

 

 俺はこの状況から脱出する手掛かりにならないかと、ウインドウに書かれている内容を読んでみた。



【運命の選択】 幸運ポイント:0LUC

 ・A:「みんな逃げろ!!」と注意喚起してリオと一緒にこの場から逃げる……[3]・10LUC


 ・B:「ちょっと見てくる」と1人で狂犬病鬼きょうけんびょうきの群れに向かう……[2]・80LUC


 ・C:「実は俺、お前の事がずっと好きだった」とリオに無理やりキスして告白する……[1]・100LUC



 透明な板のウインドウの存在も相まってADVのプレイヤーの行動選択肢みたいだった。

 もしゲーム的な考えをするならA、B、Cの三つの選択肢の中から、次に行動することを選ばなければいけないことになる。


 時間が止まった原因はこのウインドウが一番怪しい。

 だが悠長に考えている暇はないみたいだ。


 宙に浮かぶウインドウの外枠が徐々に赤色に変色して点滅しだしたのだ。赤色の点滅は外枠を一周するように広がっている。それはどこか危険信号を想起させた。

 外枠が全て赤色に染まったらどうなるのか。少なくとも良い結果にはならないだろう。

 たぶんこの外枠の赤色はタイムリミットだ。ウインドウの【運命の選択】には時間制限があると考えた方がいいか。

 赤色の点滅が早く選択しろと催促してくるように感じた。


 よし、まず選択Cは考えるまでもなく除外しよう。

 もしゲームみたいに選択した通りに俺の行動が反映されるなら自殺ものの行動選択だ。

 急に告白してキスをするとかリオ相手じゃなくても社会的に死ぬ。


 残る選択はAかB。

 選択Bから着ぐるみ集団が狂犬病鬼の群れと呼称されるのは分かった。ただしそれが何を意味するのかは分からない。

 名前からして不穏な感じだし、もしかしたらゲームのモンスターみたいな存在なのかもしれない。思い出してみると着ぐるみだと思ってた犬の頭部に角みたいのが生えていた。

 そんな馬鹿なと思うが、自分が置かれた状況を鑑みればあり得ないと断言出来ない。だとしたら選択Bは選ばない方がいいだろう。

 よし。選択肢の後ろに書かれた2つに区分けされた数字は気になるが、ここは命と心に安心な選択Aを選ぼう。


 手が動かせないので頭の中でAを連呼し続ける。

 選択の仕方が分からなかったから思いつきの行動だったが、ウインドウの中の選択Aが光り輝きウインドウが消えた。

 よかった。赤い点滅がギリギリの所で何とか選択できたみたいだ。


 ただウインドウが消える瞬間、【運命の選択】のウインドウ内の数字が幾つか変わったように見えた。

 あれは何だったのか。

 そんな事を確認する間もなく、それまで動かなかった体が勝手に動きだした。


「みんな逃げろ!!」


 先ほど選択した通りに口と体が俺の意思と関係なく動き出す。

 やはりゲームと同じように行動選択を強制されるようだ。

 突然大声を出したので周りから不審な顔を向けられる。俺はそれらを無視してリオの手を引っ張った。


「ちょ、ちょっとマロ。急にどうしたの?」


 説明もなく自分を連れ去ろうとする俺に対して、リオは困り顔でその真意を聞き出そうとしてくる。

 手足はまだ選択通りにこの場から逃げ出そうとするけれども、口の方は用件が済んだとばかりに普通に喋れた。


「今はとにかく黙ってついて来い! 正直、俺もどう説明すればいいか分からないんだ!」


 着ぐるみ集団が本物のモンスターかもしれなくて、俺はゲームの様に突如現れた選択肢通りに行動しているだけだと言っても簡単には信じてくれないだろう。


「なるほど分かったよ」


 おお、分かってくれたのか。

 流石、長い付き合いなだけあるな。


「よし、それならうちの部室に行くぞ」


 まだ何も起こってないしただの杞憂で終わるかもしれないが、本当に逃げるなら佐久間部長も連れ出した方が良いだろう。


「了解。だけどマロってば大胆だね。いくら僕が可愛いからって、襲うつもりなら痛い目に合うよ」


「そうじゃねえよ」


 こっちの気も知らずに色ボケをかますリオに思わず突っ込みを入れてしまう。

 とはいえ冗談を言ってても足を止めずについて来てくれるのはありがたかった。


「あっ、そうか。変態マゾのマロには痛みがご褒美になっちゃうもんね」


「そういう意味で否定したんじゃない!」


 そんな風にあまり危機感がないまま早歩きで現代文化研究会の部室に向かった。


 この時まで俺は世界が本当に変わったとは思っていなかった。

 赤犬集団の正体や謎の選択肢の出現などは、妄想を現実と勘違いして俺が本物だと思い込んでいるだけなのかもしれないと頭の隅で思っていたからだ。


 すると、そんな甘い考えを引き裂くような悲鳴が背後から聞こえた。


「いやぁっ」


「キャァーー!!」


 振り返ると学生の喉笛に赤犬が噛みついていた。

 噛みつかれた学生はピクリともせず、足元の血だまりは離れた場所にいた俺たちにも助からないだろうと思わせる量が流されていた。


 集まっていた野次馬の学生たちも赤犬以外の奴らに襲われていた。

 学生1人に複数の奴らが襲い掛かっている。

 狂犬病鬼の足は速く、逃げ出す学生の背中や足に数匹が飛びつき押し倒していた。ただし力は弱いようで折角覆いかぶさっても跳ね除けられたりしている。


 だが異常な光景はそれだけでは済まなかった。

 赤犬に噛まれて死んだと思っていた学生がゆらりと起き上がったのだ。

 そしてそのまま首から出血し続けているのも気にせず歩き出して別の学生に嚙みついた。


「うわぁぁ!!」


 そうして悲鳴を上げて噛まれた学生も少しすると何事もなく動き出し、同じように他の学生に噛みついていった。


 俺たちはその凄惨な光景に思わず足を止めてしまう。

 俺はその時になって自分の体が自由に動かせる様になっているのに気付いた。

 【運命の選択】による体の支配は一定時間で解除されるようだ。


「何あれ。えっと、こういう時は救急車を呼んだ方がいいよね。あっ、やっぱり警察の方が良いかな」


 リオが慌てた様子でバッグからスマホを取り出そうとする。


「それなら警察の方を呼ぶべきだ。奴らはゲームとか映画に出てくるモンスター……しかもゾンビっぽい奴らだと思う」


 【運命の選択】から得た情報を伝える。

 あんな体験をして実際に化け物が人を襲う光景を見たんだ。さすがに信じないわけにはいかない。

 だがそれを知らないリオにとって俺の言動は信じがたいものだったらしい。

 片手をバッグに突っ込んだまま俺を疑わし気に見つめてくる。


「はあ? マロそれ正気で言ってるの?」


「寝不足気味で頭と精神が不安定だけど、俺は嘘は言わないぞ」


「ここで不安材料を増やさないでよね。だけどうーん……分かった。ここはマロの言葉を信じるよ。確かにゾンビ映画みたいな有り様だしね」


「おう助かる。説明は――」


 部室に行ってからする――と言おうとした時、またチャイム音が頭の中でした。

 瞬時に目の前に現れるウインドウ。

 そこにはまた選択肢が書かれていた。

 先程と同じく周りの悲鳴と喧騒も止んでいる。俺もまともに動けないが周囲の時間が停止するのは間違いないようだ。

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