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 それはクリスマスイブのことでした。ルルちゃんはうきうきした気持ちで目覚めました。階下に行って朝ごはんを食べます。顔を洗い歯をみがいて、みじたくを整えてから、ふたたび二階のカイの部屋へ行きます。そこでウララちゃんに朝のあいさつをするのです。


 ルルちゃんはウララちゃんの本を開けました。するといつも、そこにウララちゃんが立っているのです。けれども――今朝はちがいました。


 いません。ウララちゃんがいないのです。そこには真っ白なページがあるだけでした。


 ルルちゃんは動揺しました。とりあえずいったん、本を閉じます。そして、また開きます。ウララちゃんは……やっぱりいません。


 魔法の力が切れているのかもしれません。ルルちゃんはケーブルを出して本とつなげました。表紙に緑のランプがつきます。魔法の力は十分足りているのです。


 ルルちゃんは何度か、本を開けたりしめたりしました。けれどもやっぱりウララちゃんがいないのです。何度やっても、白いページのままなのです。ルルちゃんは不安になってきました。


 ルルちゃんはたえられない気持ちになり、階下へとおりました。


「ウララちゃんがいないの!」


 ちょうど居間には家族がそろっていました。ルルちゃんは大きな声でいいました。


「ウララちゃんが出てこないの! 何度やっても……ウララちゃんが……」


 ルルちゃんの目に涙があふれてきました。カイが言います。


「魔力がなくなってるんじゃないの?」

「ううん。魔力はあるの。なのに、ウララちゃんが……」


「本の調子が悪いのかもしれないわ」お母さんが元気づけるように言いました。「ほら、電話が故障しててつながらないとかあるでしょ」


「直せるの?」


 涙のたまった目で、ルルちゃんがお母さんを見上げました。お母さんは少しためらいました。魔法の本が故障する原因は様々で、直るときもあれば直らないときもあることを知っていたからです。


「たぶんね。直ると思うわ。きっと直る」

「ひょっとしたら、ウララちゃんは風邪でもひいてるのかもしれない」


 今度はお父さんが言いました。「ベッドで養生していて、ルルちゃんと話すことができないのかも。でも風邪ならそのうちよくなるだろうし……」


「そう、そしてまたお話できるわよ。元気になったウララちゃんが出てきてくれる!」


 ナミが明るく言いました。ルルちゃんは下を向きました。みんなが気をつかってくれているのがわかります。けれどもだれもはっきりと、ウララちゃんがなぜ出てこないのか、そしてまた出てくるようになるのかどうか、言うことができないのです。


「……ウララちゃんがもしこのままいなくなったら……」

「いなくならないよ」


 少しぶっきらぼうにカイが言いました。ルルちゃんの目から涙がこぼれ落ちます。


 ナミがあわてて言いました。


「ルルちゃん! 今日はクリスマスイブだよ! サンタさんが来るんだよ! ごちそうも食べられるし、プレゼントももらえるし……」

「プレゼント、ウララちゃんのお洋服なの」


 ルルちゃんは言いました。どっと、涙があふれ出ました。


「お洋服だけもらっても――ウララちゃんがいないんだったら、仕方ないでしょ!」


 そう言って、ルルちゃんは泣きました。


 人間たちはみな、困ったように、顔を見合わせます。




――――




 朝、ルルちゃんは思い切り泣きました。そしてその後は、あまり泣かずに過ごしました。気持ちがぼうぜんとしていて、涙が出てこないのです。


 お昼ごはんはもそもそと食べました。あまり食欲はありませんが、とりあえずおなかにつめこみます。午後も静かに過ごしました。


 カイやナミや、ゴエモンまで、ルルちゃんを元気づけようとしました。ルルちゃんはそれに対して、一生懸命、笑顔をつくりました。


 午前中は、何度か、ウララちゃんの本を開いてみました。けれどもいつ見ても、やっぱりウララちゃんはいないのです。そのうちルルちゃんは本を開けることをやめてしまいました。開けるたびに、ウララちゃんのいない白いページを見るたびに、つらい気持ちになるのはいやだったのです。


 夜はほんとうに、ごちそうでした! だって、今日はクリスマスイブなのです。ケーキもあるのよ、とお母さんが言いました。


 食堂の上に、お皿がたくさんならびました。チキンがあります。おいしそうなサラダも、スープもあります。ルルちゃんの好きなおとうふの料理もあります。みんなが席につきます。


 食堂は明るく、きらきらとしていました。みな、陽気そうで、ルルちゃんも精一杯、陽気にふるまいま

した。


 いただきますをして、ごはんを食べます。


 けれども少しもしないうちに、ルルちゃんははしをおきました。そして、申し訳なさそうに、言いづらそうに、みんなに言いました。


「……あのね、あの、せっかくのイブなんだけどね、なんだかあんまり食欲がないみたいなの……。あの、悪いのだけど、なんだか、頭も痛くて……」


 みんなが心配そうにルルちゃんのほうを見ます。ルルちゃんはできるだけ笑顔になって、言いました。


「大丈夫! 少し休めば治ると思うの。でも今日は……。はやく寝たほうがいいのかも」

「そうね、そうするといいかもね」


 お母さんがやさしく、いたわるように言いました。「ルルちゃんのぶんはとっておいてあげるから。ケーキももちろん。だから、今日はゆっくり寝て……また明日、食べればいいわ」


「うん」


 ルルちゃんはそう言って、食堂のいすをおりました。


 ルルちゃんのために、早めにおふろにお湯が入れられました。入浴したあと、ルルちゃんは、カイの部屋へ向かいます。そして、自分のねどこにもぐりこみました。


 暗い部屋で、一人で、ルルちゃんは丸くなっていました。涙がぽろりと、こぼれます。朝、じゅうぶん泣いたはずなのに、まだ残っていたのです。さみしいとか、悲しいとか、思う前に出てきた涙です。


 一晩眠れば、とルルちゃんは思いました。明日はまた違う日です。明日は――何事もなかったように、ウララちゃんがいるかもしれません。そうです。きっとそうなるでしょう。


 ルルちゃんはそんなことを思いながら、目を閉じました。




――――




 いつの間にか、眠ってしまっていたようです。


 ルルちゃんは目を覚ましました。部屋はさっきと同じく暗いままですが、カイがベッドで眠っています。今は何時くらいなのでしょう。

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