第6話 幼い彼女は大聖女

「皇女アリス様。彼がSSS級ランカーのジン・カミクラ様です」


 空が見える大広間でセシリーが玉座に座った少女に敬礼をした。


「セシリー。ご苦労さまでした。ありがとう」


「は、はい。もったいないお言葉です」


 十二、三歳の風貌をしたアリスと呼ばれた少女は、セシリーを労うと視線を俺へスライドさせた。


「ジン・カミクラ様。聖女騎士セシリーからの推薦を認め、あなたの入団試験を実施させて頂きます。よろしいでしょうか」


 さらりと煌めく長い銀髪とアメジストのように輝く紫色の瞳。彼女が西欧聖女騎士皇国の皇女――アリス・カルラ、らしい。まだ幼さが残る彼女こそが帝国と敵対している大国の長であり、大聖女だ。


 それにしても円卓の大広間に並ぶ聖女騎士たちは、実に圧巻である。おまけに美女ばかりだ。まさか自分が聖女騎士団の入団試験を受ける日が来るとはな……。


 俺は片膝ついたまま「はい。仰せのままに」と頭を垂れる。その横でデュランダルがふんぞり返って言い放った。


「入団試験? めんどうなのだ。試したいならば、まとめてかかってくればいいのだ」


 何を言うのだ、このドラゴン娘は。


 デュランダルの言葉に、周囲を取り囲んでいた聖女騎士たちが一斉に瞳を光らせるのがわかった。また、めんどうなことになりそうだ……。


「デュ、デュランダル様! 大人しくしていてくださあああい!」


 後ろに控えていたセシリーが慌てふためいている。その様が不憫でならない。


「はっはっはっー! どうした聖女騎士ども。我とマスターのSSS級コンビが怖いのか? そりゃ怖いだろうな。あははははっなのだ!」


「なのだ、じゃない」


 俺はデュランダルの首根っこを掴み、膝をつかせた。


「な、なにをするのだマスター! 我が従うのはマスターだけで、他の人間に頭を下げるつもりはないのだあ!」


「いいから」


「うぐぅっ!」


 俺は彼女の言い分を無視して、二人揃って大聖女である皇女殿下にひれ伏す。


「大変失礼いたしました。謹んで試験を受けさせて頂きます」


「貴様、今さら何をいうか……皇女殿下の御前で、不敬を働いておいて」


 皇女の側近らしき聖女騎士が一歩前に出る。清廉潔白という表現がしっくりとくる長身の騎士。おまけに金髪碧眼。まさに王道を行く聖女騎士だ。


「フィオナ。まあまあ。いいではありませんか」


「しかし皇女殿下」


「お・ね・が・い。ね?」


 アリス皇女がにっこりと微笑むと、フィオナと呼ばれた騎士は、一拍置いてから「御意」と言って下がった。


 これは助かった? ということか。


「お許し頂き、ありがとうございます」


 俺はさらに深く頭を下げた。


「いえいえ。むしろ、伝説であるSSS級ドラゴンである竜姫様とそのマスター様に、頭を下げるべきはわたしたちのほうですから」


 そう言うと、皇女は椅子から降りると俺の前まで歩み寄る。花のようないい香りがふわりとした。


「本来であれば試験などと恐れ多いのですが、本当に貴方様たちがSSSなのか、それを見せて欲しいのです」


 まあ当然だろう。どこの馬の骨かもわからん連中にSSSだと主張されて信じられるものではない。


「いえ。当然でございます」


 そう答えると、なんと皇女は俺の前にしゃがみ込みんで手を取った。荷物持ちでマメだらけになった俺の手を。


「ありがとうございます。まあ……すごいマメ。ジン様は働き者なのですね」


 そして――彼女は微笑んだ。俺のマメを褒めてくれた。俺の荷物持ちでの苦労を認めてくれた。一瞬、泣きそうになるのを堪えて、前を向く。皇女であり、大聖女であるアリス・カルラ。なんとも気高く愛らしい。頭がクラクラするほどである。


「お、仰せの通りに」


 俺は頬が火照るのを感じ、大理石の床に深く頭を押し付ける。ひんやりとした感触が熱を緩和してくれた。鼓動が速い。


「マスター……。なんで耳が赤くなっているのだ。発情したのか。それは浮気か。浮気なのだな」


 ああ……もうこれ以上、恥をかかせないでくれ。


「貴様……。皇女殿下に対してなんと破廉恥な。万死に値する」


 フィオナまでもが加わり、俺の恥部を晒していく。もうやめてくれ。


「ふふふ。賑やかな試験になりそうですわね」


 そんな状況を楽しむように、淑やかな皇女の笑い声が響いていく。このお姫様……もしや相当Sなのか。



 ――この時、俺たちはまだ知らなかった。


 西欧聖女騎士皇国領の農村にゴブリンの大群が迫っていることを。

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