第3話 退屈な仕事

 惑星コンフリに降り立った俺たちは、ナガタライモが満載のコンテナを船からトラクターで下ろし、そのまま停泊ポッドエリアを通り過ぎ、貨物積載所に運んでいった。

 クレーンでコンテナを下ろしていると、いかにも怪しい風体をした男が近寄ってきた。「噂の猫だな。アミメキリン二十体をアンデバランに運んで欲しい。金は前金だったな」 男は金が入った封筒を俺に押しつけ、そのままどこかに消えていった。

「……帰ろ」

 俺はコンテナを運んできたトラクターで船に帰り、操舵室に入った。

 留守番をしていたクランペットが、正面のスクリーンに映っていたテトリスをやめ、操縦席から立ち上がった。

「お疲れさん。急ぐぞ」

「はいな、分かりました」

 笑みを浮かべたクランペットが操縦席に座り、シートベルトをした。

「急ぐぞ。管制の許可など待っていられん。メインエンジン始動」

 俺はサイクリックスティックを操作しながら操縦桿を思い切り上向きに引いた。

 ほとんど垂直上昇する船のバックカメラを確認すると、宇宙港が丸ごと吹き飛んで、砂に沈んでいた。

「船長、航宙法違反でまた借金ですよ。今度は、いくら取られるか……」

 ビスコッティが苦笑した。

「おいこら、クレームの嵐が凄いぞ!!」

 犬姉が笑った。

「好きにやってくれ。さて、空荷になってしまったな。確か、この近くにレアメタルの産出で有名なところがあったような」

「はい、ギザリアですね。隣の惑星です」

 ビスコッティがフライトデータを入力した。

「そうか、なら近いな。腹減った」

 俺が呟くと、待っていたかのようにアテンダントの皆様がなだれ込んできて、食事のサーブをはじめた。

「隣といっても十八時間は掛かるぞ。まあ、ゆっくりするか」

 俺は封筒の中の金を数え、きっちり二千万クローネ入っている事を確認した。

「全員で山分けしても、それなりの額になるな。まあ、寸志だな」

 俺はビスコッティに封筒を預けるフリをして、犬姉に放り投げた。

「適当でいい、分けろ。さて、オートじゃつまらんな……」

 レーダー画面を確認すると、最大走査距離でどっかの軍の艦隊が隊形を作っているのが見えた。

「……敵味方識別装置に反応なし。航跡追尾システムにも引っかかってない。妙だな」

 俺はニヤッとして、スロットルレバーに手を掛けた。

「スコーン、派手にやるぞ。不武装の馬鹿力を見せてやる。システム管理は任せた。

「うん、分かった」

 俺はスロットルレバーを巡航から一気に戦闘に切り替え、一気に加速した。

「さてと……船おちょくり開始だ」

 俺はニヤッと笑みを浮かべた。


「エンジン十発とも正常作動。Gキャンセラ作動不良。サブ1に切り替え」

 スコーンの声が聞こえ、俺は少しスロットを戻した。

「よし、これならいけるな。船団に突っ込むぞ」

 俺はレーダー画面を見ながら、明らかに戦艦の群れと分かる集団に船を突っ込ませた。

 居並ぶ戦艦の艦砲射撃が俺たちの船に向かって叩き込まれたが、よほど慌てたらしく俺の船をかすりもせず、反対に同士討ちをはじめる始末だった。

「今時砲艦など珍しいな。もっとおちょくってやろう」

 俺は操縦桿を素早く動かし、旗艦と思しき大型線に向かって、フレア弾を叩き込んだ。 これは、主に赤外線ミサイルを回避するために撃つもので、攻撃用の兵器ではない。

 しかし、ムカついたのか、やたら重そうな砲塔が動いて、俺たちに照準を合わせようとしている様子の砲艦をみて、俺は笑った。

「スコーン、出力を30%に下げろ。そろそろ、オーバーヒートすると思うぞ」

「了解。出力30%」

 俺は四苦八苦している様子の砲艦の脇をすり抜け、駆逐艦サイズの船の隙間を高速で駆け抜けた。

 艦隊が一斉砲撃を始めたが、でたらめな照準で中には僚艦をボコボコにぶちのめしてしまうバカも現れた。

「この速度についてこれるかな」

 俺は激しくスロットルレバーを弄って、ようやく艦隊の隊形が整った砲艦の列に向かって、俺はフレア弾を大量に叩き込み、スロット全開で艦の隙間を飛び抜け、一気に加速して超光速空間に突入した。

「ナンバー10エンジンに異音が発生だみたいだけど、クランペットとみんなが集中して直してる」

 スコーンの声が聞こえた。

「船長、時間です」

 ビスコッティの声に頷いて、俺はエンジンの速度を一気に落とし、目前に迫ったトリトン目指して減速を続けた。

「船長、ギリギリの時間です。通常航法でもいけたのに……」

 ビスコッティが苦笑した。

「俺は遅い船は嫌いだ。無事に着いたからいいじゃないか」

 俺は笑った。


 トリトンの田舎宇宙港に着陸すると、俺は船を降りて近くにあったボロい小屋に入っていった。

 中は狭く、置くのカウンターでビールを煽っているオヤジに声をかけた。

「久々だな」

「なんだ、生きていたか」

 オヤジが笑った。

「そう簡単には死なん。仕事はあるか?」

「ああ、山ほどある。ここからカイロンまでレアメタルを運んで欲しい。金はいつものルートで送金する。いいか?」

 オヤジが笑った。

「いいだろう。契約書はいらいないな」

「ああ、いらん。若い連中に荷積みさせる。文句はなかろう」

 オヤジが笑った。


 小屋から出ると、さっそく荷積みがはじまっているようで、バカッと大きく跳ね上げた船首のハッチから人やコンテナが出入りしていた。

 船内に入ると、スコーンがカタカタとコンソールのキーを叩いていた。

「どうだ、なにか問題はあったか?」

「ないよ。強いていうなら、Gキャンセラの処理容量がオーバー気味だね。そのくらい!!」

 スコーンが笑った。

「よし、新しい物を調達しよう。その前に仕事だ。カイロンまでいく。機関のお守り任せたぞ」

 俺は笑みを浮かべ、スコーンも笑みを浮かべた。

「船長、次はどこですか?」

「カイロンだ。工業団地内の第二を使う。設定してくれ」

 ビスコッティがフライトデータを入力し、設定完了の電子音が聞こえた。

「よし、俺は外を見てくる」

 操舵席から出ると、ちょうど貨物を積み終えたようで、全員が待避していた。

 俺は無線のスイッチを入れた。

「ビスコッティ、積み込みは完了だ。前部ハッチを閉めろ」

『了解』

 開いていた巨大なハッチが閉じられ、密閉された事を示す空気が吹き出す音が聞こえた。

「これでいいな。とっとと仕事を片付けよう」

 俺は笑みを浮かべた。


 送受席に戻った俺は、ベルトを締めて計器類を確認した。

「アイリーン、管制に離陸許可を求めろ」

「はいよ、分かった」

 アイリーンが無線で管制塔と交信をはじめ、俺はエンジンをテストモードで指導した。

「スコーン、異常は?」

「ないよ。いつでもいける!!」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「よし、ビスコッティ。いくぞ」

「はい、チェックリストを」

 俺たちが離陸前の準備を進めると、アイリーンから発進許可が出たと報告があった。

「チェックリスト完了。異常なし。船長、いきますよ」

「よし、いくぞ。発進だ」

 ビスコッティが操縦桿を握り、サイクリックスティックを握り、重力制御システムで着陸パッドを離れた。

「ビスコッティ、このまま進むと低気圧がある。荒れた離陸だぞ」

「船長、避けようがありません。このまま突っ込みます」

 ビスコッティはエンジンの出力を上げ、船は黒雲の中に突入した。

 この船は大気圏内でも飛べる両用型だが、飛行性能は高くないので早く成層圏以上に抜け出したかった。

「スコーン、サブエンジン始動。スラスタと合わせて、船の飛行体勢を維持しろ。

「了解。サブエンジン始動!!」

 スコーンがコンソールを叩き、気流の乱れで船が大きく揺れた。

「スコーン、大気圏内では無理するな。異常があったらすぐ知らせろ」

 俺は大雨の中をつき進む、船の正面のスクリーンを見ていた。

「しかし、積み荷が重いな。最大搭載量だ」

 俺はディスプレイの表示を見ながら呟いた。

「金属だからでしょう。無理な航行は禁物です」

 荒れる天候をものともしないビスコッティが、小さく笑った。

 程なく低気圧の雲を抜け、成層圏を勢いよく通過し、熱圏を経由して、俺たちの船は宇宙に飛びでた。

 しばらく重力制御システムの力で星から離れ、メインエンジン使用可能域に達すると、ビスコッティと操船を代わって、一気に加速した。

「オートでいいな。高速航行する距離ではない」

 俺はオートクルーズをオンにした。

「アイリーン、トリトンの第三宇宙港に着陸の距離を取ってくれ。スコーン、問題があるか?」

「うん、Gキャンセラがおかしいよ。出力が70%から上がらない」

 スコーンが、コンソールのキーを叩きながら答えてきた。

「分かった。あまり飛ばさないようにしよう。エンジン出力を50%にしてくれ」

「了解」

「また、修理か。修理屋を呼んでおこう」

 俺は無線でポルコの船を呼んだ。

「あと三分でくるそうだ。たまにはゆっくりするのもいい」

 俺は笑った。

 船が進むそのうちに、レーダーに反応があった。

「トランスポンダ確認。ポルコの船です」

 ビスコッティが頷いた。

「さすがに、速い船を持っているだけのことはあるな」

 俺は笑みを浮かべ、スロットルレバーを引いてエンジンを停止させた。

 ドッキングはオートパイロットが基本なので、俺はそれに任せて正面のスクリーンに映し出された風景を眺めていた。

 しばらくして、軽い衝撃と共に、エアロックに空気が注入される音を聞き、俺はシートから下りた。

「全員、ここで待ってろ。Gキャンセラの修理などすぐ終わるし、面倒だろう」

 俺はそういい残して、エアロックを通ってポルコの船に乗り込んだ。

「おいおい、今度はGキャンセラか。まあ、お互いボロ船だしな」

 ポルコが笑った。

「ああ、困ったもんだ」

 俺は札束を二つテーブルの上に乗せた。

「金はいらん。エンジンを十発にした時、Gキャンセラを交換する事を忘れてたんだ。すぐ終わる」

 ポルコは笑って、店の奥に消えていった。

「うむ、他に忘れていないよな」

 俺は笑った。


 ショップで新しいGキャンセラの交換が終わり、再び航海を開始した俺たちは、特にトラブルもなく、順調に進んでいた。

 この航路はトリトンで採掘したレアメタル……希少金属を加工工場が密集してあるカイロンまでの定番ルートで警備も厳しいので、いちいち面倒な変な輩にもまず遭遇しないはずだった。

「おっと、スコーン。リミッタは外していいぞ」

「分かった。リミッタ解除!!」

 スコーンがコンソールのキーを叩き、魔力エンジン特有の金属音が高まった。

「船長、あと二時間くらいです。調子に乗らないよう、私がコントロールします」

 ビスコッティが笑った。

「ああ、そうしてくれ。さて、小腹が空いたな……」

 俺がコンソールの青いボタンを押すと、アテンダントチームが入ってきて、俺たちに軽食を配り、飲み物を置いてワゴンを押して去っていった。

 俺はいつもの猫缶をビスコッティに開けてもらい、そのままガツガツ食って缶をシートサイドのゴミ箱に放り込んだ。

「うむ、いい味だった。さて、こうも遊覧航行が続くと暇だな。ビスコッティ、あとは任せた。着陸態勢に入ったら起こしてくれ」

 おれは背もたれに身を預け、そっと目を閉じた。


 ふと目を開けると、青く輝くトリトンの姿が見えていた。

「起きましたか。特にトラブルはありません」

 ビスコッティが笑った。

「よし、いいだろう。オートパイロットのままで着陸するぞ。第三宇宙港なら空いているだろう」

「はい、もうトレーラが待機しているようです。地上からの誘導航路に乗りました。今度は私が休みます」

 ビスコッティが操縦桿から手を放し、俺がすぐ前にある操縦桿を手にすると、ビスコッティがそっと目を閉じた。

「……あと三十分くらいか。しかし、遅いな」

 俺は遅い船は嫌いだった。

 ただの貨物船に高出力エンジンを十発も積んでいるのは、そのためだけであった。

「船長、宇宙港でトラブル発生だって。どっかの大型貨物船が無理に着陸して、大破炎上してるからクローズドになった。他の港にしないと」

 アイリーンが困った顔をして呟いた。

「では、隣の第二にしよう。空いてるか?」

 アイリーンがコンソールを叩き、無線でなにやら交信していたが、首を横に振った。

「第一はいつもの通り空き待ち三時間だし、第二も第三からダイパードした船で大混乱になってるよ」

「そうか。ということは、予定通り第三にいくしかないな。まだ誘導装置が生きているということは、着陸くらい出来るだろう。交渉してくれ」

「はいはい、待ってね」

 アイリーンが笑みを浮かべた。

「船長、第五エンジンが異常加熱してるよ。停止するけど大丈夫?」

 スコーンがディスプレイを見ながら、声を上げた。

「ああ、構わん。どのみち、オートモードだからあと少しで全エンジンが停止する」

 俺は笑みを浮かべた。

「全く、無理に積み込みすぎだよ。仕事が増えちゃった」

 スコーンが笑った。

「それは、いいことだ。オートモードの航行はつまらん」

 俺は笑った。

「船長、なんとか第三の許可が取れたよ。端っこのポートだけど問題ないでしょ?」

 アイリーンが笑った。

「うむ、問題ない。あとは、任せよう」

 俺は笑みを浮かべた。


 重力制御システムの力で降下速度を調整しながら、ビスコッティがサイクリックスティックを操作して、船はトリトンの成層圏を抜けた。

 見えてきた第三宇宙港は酷い有様で、真ん中にドンとバラバラになった残骸が転がり、消防隊の尽力で火災は収まったようだが、これでは乗員は助からなかっただろうなと思った。

「船長、一番端の三十八番スポットです。破片が散っている可能性があるそうなので、気を付けましょう」

 ビスコッティが正面スクリーンを見ながら、コンソールを叩いた。

「端っこでもなんでも、着陸出来ればいい。異常はなさそうだな」

 俺も正面を見ながら、非常時のためにビスコッティがサイクリックスティックを持っている事を確認した。

 結局、船は問題なく指定のポートに着陸し、チェックリストを終えると、船体正面のハッチを開け、船から下りた。

 どこからともなく漂う薬品臭に淀んだ空気。

 お世辞にも居心地がいいとはいえない空気が、この島らしいところだった。

 待っていたトレーラに船から引き出したコンテナを積み、次々とトレーラが走っていった。

 無人操作の機械によって、全てのコンテナが片付くと、俺はカーゴルーム内を確認し、異常がない事を確認してから、無線で船内にいるビスコッティにカーゴルーム閉鎖を指示した。

「さて、仕事は片付いたな」

 俺は船内に戻り、操舵室に入った。

「よし、帰るぞ。帰りは、マニュアル操縦だからな。覚悟しておけ」

 俺は笑ったのだった。

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