自由を統べる者達

青星

第1話 光の自由賊

【意志を貫け それが 自由を導く】


ねぇ、一緒に過ごした日々のこと覚えてる?


どこまでも広い青空の下で

たくさんの大切な人たちと出逢って。


誰かを護りたくて、誰も失いたくなくて。

時には笑い合ったり、傷つけ合ったりしながら。

毎日必死で生きていたよね。


だけどね。

隣で微笑む貴方が居れば、いつだって。

オレは幸せだったんだよ。


今でもそれは、変わらないよ。







「くぁ~暇だなぁ!」


そう呟くと、少年は大きく伸びをした腕を下ろしゆっくりと瞼をもたげた。

眩しそうな視線の先には一面の青空。

耳に響くのは遠い波の音。


ここは帆船の上・・・少年はその甲板に大の字に寝転がっていたのだ。


しかしここはただの帆船ではない。

少年を包み込むように流れる白い霧・・・それは鮮やかな青空に浮かぶ真っ白な雲だった。

この船は海の上では無く、空を自在に行く船。

暖かな陽の光が降り注ぐ甲板に寝転んだまま、少年は退屈そうに欠伸を噛み殺す。


「・・・グランツは仕事。トレネは食事の支度中。

 ロイエは・・・・・・問題外」


うーんと唸りながら、少年の澄んだ空色の瞳は恨めしそうに空を見る。

少年は不思議な瞳をしていた。一見空のような水色に見えるのだが、その奥にどこか燃えるような紅をうっすらと帯びている。


「誰か一緒に遊んでくれよ~」

「おやおや、こりゃまたずいぶんとお暇なご様子で」

「!!」


気が付くと少年の顔に影が落ちていた。


―あ!


驚いて見上げた空には、太陽のような笑顔。


「グランツ!!」


少年は叫ぶと同時に飛び起きた。

瞳と同じ空色のバンダナで束ねた金髪が揺れ、瞳が喜びに輝く。


「びっくりした!

 もう仕事、終わったの?」


青年―グランツ=フライアはポンポンッと軽く少年の頭に手をやる。


「んー・・・まあまあってとこだな、リヒト」


そう曖昧に答えて微笑んだ。

途端に少年がぴくりと気づいてじっとグランツを見上げる。

同時にグランツがサッと目を逸らした。


―この感じは・・・!


少年・・・リヒト=ヴィレは、なんだかぎこちないグランツの様子にいよいよ目を細めた。生憎と目の前に立つこの鳶色の青年は一挙一動がかなり解りやすい。

が、本人はその事にいまいち気づいていない。


「終わって・・・無いわけ?」

「あー・・・大体は終わった」


左頬に赤黒く浮かぶ刺青を撫でながら、少々バツが悪そうにグランツは答える。

その大きな右手に嵌められた指輪が閃いた。

同時にはぁっとため息をつくリヒト。


「そもそも今回の伝令って誰から?ローツ?」

「・・・・・・」


ゆっくりと立ち上がりながら問いかけたリヒトの言葉に答える代わりに、グランツは手にしていた手紙を差し出した。

その表情は珍しく硬い。


「?えーっと・・・・・・


 はぁ!?」


渡された手紙にザッと目を通した途端、リヒトの眉間に立つ青筋。


「またアイファのヤツから!?ちょっと待てよ・・・

 ・・・『親愛なる“エーデル・ロイバー”船長グランツ=フライア様。

 貴方様にお会いできない日々はわたくしにとって牢獄での日々と同じですわ。

 次に“リーベ”にお越しの際は是非ご一緒にお食事でもしましょうね。そして・・・』


 ・・・あんの強引女ぁぁあッ!!」


―いーっつもグランツにちょっかい出して!!


手紙を破らんばかりの勢いでリヒトが叫ぶと同時に、グランツは可笑しそうに笑う。


「リヒトもあのまま“男のフリ”してたらアイファの餌食になってただろうにな」

「・・・!」


あっけらかんと口にしたグランツの言葉を聴いて、「う!」っとリヒトの表情が強張る。

“アイファの餌食になる”という事を一瞬想像し怯みつつも。

小さく咳払いをし一歩踏み出すと、気を取り直してグランツの目の前にビシッと指先を向けた。


「オレのことはいーの!

 ずっと“男のフリ”してたのだって、この世界で生き残るためだったし」


そう・・・実はリヒトは『少年』ではなかった。

ここ最近までずっと男の“振り”をしていた彼女は、最近になってその“振り ”をやめたのだ。

もう男の振りをしなくても大丈夫なくらい強くなったということで。

とはいえ、ずっと使ってきた“オレ”という一人称はなかなか取れずにいるのだが。


―そもそもグランツが男のフリしてろっていうからしてたのに・・・なんで言い出した本人がこんな呑気なんだよもう・・・。


リヒトが少年の振りをしていたのには訳がある。


彼女はかなり幼い時にグランツに連れられて、“自由賊”になった。

常日頃“イル”との戦いに明け暮れ、そうでなくても荒くれ者の多いこの世界。

まだ幼いリヒトがこの戦場で生き延びるには、また彼女が独りでも平気なほど強くなるまでは“男として”生きたほうが優利というのがグランツの意見だった。

自由賊にはもちろん女性もいるが、なにせあの頃のリヒトはあまりにも幼すぎた。


―つまり男でいるほうが女でいるよりも、ただでさえガキだったオレは敵に甞められずに済む訳で・・・。


当時グランツにそう説明されて、しぶしぶ幼いリヒトは承諾したのだった。


「ま、こうして無事に強くなったしな。

 今となっちゃもう男のフリなんざしなくていいわけだが・・・お前さん、いつまでその口調なんだ?」


跳ねた鳶色の髪を掻き揚げながら、グランツは飄々と言う。


―は~あ、ホントお気楽なんだから・・・グランツ。


「・・・そりゃあそうだけど・・・でも今更・・・」


自分の口調を変える気も思い切り女性らしい格好をする気もないのである。

正直不便はしていない。むしろ男の振りをすることが身についてしまっていて、今更女みたく振舞えるかの方が怪しい。


「でもまぁ、お前さんが今のままでいいって言うなら、俺は強制しないけどな」

「・・・うん」


気楽な調子で言いながらも。

なんだかんだ自分の意志を汲んでくれるグランツに、リヒトは小さく微笑みそれだけ答えた。

グランツもそれでいいと思ったのか、特に何も言わずに話を戻す。


「アイファ嬢についてだが、ま、いい加減慣れたさ。

 けど流石の俺でも正直この手の事は苦手でなぁ・・・中々返事も進まなかったんだ」


困った様に頭を掻くグランツ。

そのいつになく弱気な発言と様子を、リヒトは物珍しげに眺めた。


「・・・グランツが・・・心底困ってる・・・」


ありえない・・・


そう小さく呟いたのが聴こえたのか聴こえなかったのかは分からないが、グランツは突然ポンっと手を打つと上着の内ポケットからもう一通手紙を取り出す。


「それは?」


リヒトの問いかけに軽いウインクをすると、グランツはピュイっと指笛を鳴らした。

一瞬の間をおいて二人の前に現れたのは小柄な鳥。


「あ、伝書シェルト!」


“伝書シェルト”と呼ばれた鳥は、グランツの差し出した腕に静かに舞い降りた。


“シェルト”・・・それは人工の生命体。

血のような紅い瞳が特徴的な彼らシェルトは人によって創られたモノであり、生命体とはいえ生き物ではない。

極端な話、機械で動くロボットの様なものだ。とびきり性能がよく、精巧な。


この世界・・・“エヴィカイト”は、とある一つの組織に完全に支配されている。


その組織の名は“イル”。

“ゲヒト”という人物が統治する軍事組織だ。

イルは独自で開発した人工生命体シェルトによる人工兵器をもって瞬く間に全世界を支配した。


だが彼らは・・・空の上までは未だ支配しきれなかった。


イルの独裁組織に反抗し、イルを壊滅させるために闘う者達が空には居た。

“自由賊”と呼ばれる者達。

彼らは荒廃した地上をイルから開放するために、未だイルの手の届ききっていない空へと飛んだ。


空は唯一、僅かな“自由”の残る場所。


その空から、自由賊は地上に生きる人々の自由を取り戻すべく日々イルとの攻防を続けている。

イルの統治によって武器を奪われた地上の人々に代わり、イルに支配された町でイルと闘い町を解放してきたのだ。


リヒト達も自由賊だ。

リヒトは船長であるグランツと共に、自分達の船エーデル・ロイバーに乗って大空を飛び回っているのだった。

他にも自由賊は世界中に大勢居る。

皆それぞれの船長の下、それぞれの船で各地でイルと戦っている。

時には大地で、海で、そして空で。


「この手紙はローツへの返事さ。

 ついさっき、この伝書鳥がローツの伝令を運んできてくれてな」


そう言いながらグランツは、甲板の手すりに跳び移った伝書シェルトの足に丁寧に手紙を括り付ける。

伝書シェルトはくりっとした赤い瞳でリヒトを見つめていた。

再びぴょんと腕に乗る伝書シェルトを見つめながら、徐にグランツが口を開く。


「そうだリヒト・・・すまんがロイエに茶でも持ってってやってくれんか?」

「へ?」


突然の頼みごとに、リヒトは思わず間の抜けた返事をする。


「あー実は少しロイエに仕事を・・・」

「・・・押し付けたんだね」


小さなため息をつくリヒト。

それを見てグランツはすまなそうに言う。


「俺だけじゃどうにも手が回らなくてな。ほら俺は・・・アイファ嬢への返事で手一杯で・・・」

「・・・あの女許さん」


まだ手に持っていたアイファからグランツへの恋文をぐしゃりと握り締めると、リヒトは踵を返し食堂へと向かった。


「そうだリヒト!」

「え?」


その後ろ姿に声を掛けると、リヒトは足を止めて振り返った。

視線の先でグランツがにかっと楽しげに笑う。


「ロイエに殺されんようにな!」

「・・・っもう!何かあったらグランツのせいだからねッ!!」

「あははは!」


途端に思いっきり頬を膨らませたリヒトに、グランツはますます大声で笑った。

晴れ渡った空に響いていく明るい笑い声。


「・・・なんせ俺の大事なお姫様だ。お手柔らかに頼むぜ、ロイエ」


遠ざかる荒い足音を聞き苦笑するグランツ。

その後彼は伝書シェルトを放つため船の縁まで歩き、大空に飛び立つ鳥を目を細めて見送る。

しかし次に地上を見下ろした時のグランツの深い鈍色の瞳は、先ほどとは打って変わって鋭かった。


遥か下に見えるエヴィカイトの大地。

そこは支配と恐怖に覆われた世界。

ざわりと空気を震わせ、グランツはギッと地上を睨み付けた。


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