学園への勧誘

 取りあえず私達はお母さんに言われた通り家に入った。


 男二人も邪魔することはなかったし。

 って言うか寧ろ付いて来たんだけど……。



 でもお母さんに呼ばれた田神さんはともかく、何でこの男まで家の中入ってくるわけ?


 田神さんと知り合いなのは何となくわかるけど、コイツ必要なの?



 いや、いらない。私が決めた。

 さっさと出ていけ、シッシッ!


 とやりたいところだけれど、そんなことをしたらお母さんに叱られそうだ。

 仕方ないから黙っておく。


 家に入ってすぐにお母さんに言われて、二階の部屋に鞄を置いてきてからリビングに集まった。



「そちらが一緒にいらしたと言う学生さんですか?」


 とっておきのティーカップで紅茶を振舞いながら、お母さんが田神さんに聞く。



 田神さんは人好きする笑みを浮かべて「はい」と答えると連れの男に自己紹介するようにうながした。


「高等部二年の赤井あかい 零士れいじと言います」


 笑顔は見せなかったけれど、礼儀正しく姿勢を正して男は名乗った。



 ついさっき誘拐未遂をした男と同一人物には見えなくて軽く驚いたけれど、私には寧ろ猫を被っているように見えた。


 胡散臭い男。

 ってか、同い年だったんだ。



「まあ、礼儀正しいのね。さすが城山きやま学園の生徒さんだわ」


 ほほほ、と少し照れた様に笑うお母さん。



 私はお母さんの言葉に耳を疑った。

 愛良も驚いたのか目を瞬かせている。



 城山学園?

 って確か、山の上にある中高一貫校だよね?


 何でも選ばれた特別なエリートしか入れない学校で、どんなに優秀な子が希望しても落とされるとか言う……。


 とにかく、私達には全く縁のない学園だ。


 でも、そっか。

 だから見たことのない制服着てたんだ。



 城山学園はここからそれほど遠い場所にあるわけじゃない。


 でも山の上にあるから、道のりとしては遠くなってしまう。


 そのため全寮制で、山のふもととなるこの辺りに制服姿で出歩く生徒はいない。



 珍しくてもう一度よく見てみる。


 基本は黒の学ランなんだけれど、襟から裾にかけて赤く縁どられている。

 他にも同じ赤で、袖や脇にラインが入っていた。



 男子がこの制服なら、女子はどんな制服なのかな?


 ちょっと見てみたい。



 でも見る機会なんてないだろう。

 さっきも言ったけど、私達には縁のない学校なんだから。



 さて。

 それでその縁のないはずの人達がどうして私達の家にお邪魔してるのかな?



 赤井とかいう男がさっき言った、吸血鬼がどうとかいうのはバカバカしすぎて信じる気にすらなれない。


 コイツの言葉はとにかく無視だ無視!


 なんか人ではありえないくらい早く動いた様な気もするけれど、トリックがあるに決まってる。



 だから、私は田神さんが話すのを黙って待っていた。


 でも私が聞きたかった言葉を口にしたのはお母さんだ。



「それで、愛良を城山学園に転入させたいという話でしたけれど……?」


『ええぇ!?』


 私と愛良の声が重なった。

 そりゃそうだ。色んな意味で驚きなんだから。


 選ばれた特別なエリートしか入れない学園。


 愛良のどこがエリートだというのか。



 まあ、確かに可愛いし頭の出来も私よりはいいけれど……。


 でもそれだけ。


 もっと頭のいい人はいるし、人に自慢できるような特技があるわけでもない。



 一体城山学園の特別って何を基準にしてるの? 謎だ……。



 それに、9月も終わりに近い今転入の話なんて。

 何でこんな中途半端な時期に?



 謎だらけだ。



「何で? どうして?」

「どういう理由でそんなことになってるの?」


 二人で驚いていると、今度はお母さんが軽く驚く。


「え? さっき外で話をしていたんじゃないの? なかなか家に入ってこないと思ったら集まっていたから、てっきり話し込んでいたんだと……」


 いや、寧ろまともな話なんて全くしてなかったんだけど……。



「声掛けられただけだよ! 自己紹介すらしてなかったし。勝手に話進めないで!」


 焦りと少しの怒りをにじませた声で愛良が叫ぶと、お母さんは「あはは、ごめんなさい」と笑って誤魔化した。



 そして仕切り直しとばかりに改めて紹介が始まる。


 田神さんと赤井に私達二人を簡単に紹介してから、私達に田神さんのことを紹介してくれる。



「田神さんは城山学園の先生で、今日は理事長の代理としていらっしゃったそうよ」


 ふーん、と思いながら視線を向けると丁度目が合い、ニコッと微笑みが返された。



「……っ」


 一瞬息を止めてしまう。


 爽やかイケメン教師にそんな風に微笑まれたら、誰だってドキッとしちゃうよね?


 心臓には悪いけど、こんな先生がいたら学園生活も楽しいだろうなぁ。

 と、他人事の様に思った。



「それで、愛良に城山学園への転入の話があるんだって。でも結局は愛良がどうしたいのかでしょう? 愛良がいない場所で決める話じゃないし」


 だから私達の帰りを待っていたんだそうだ。


 ついでに言うと、その間にはぐれた赤井を探しに行くと言って田神さんも外に出たらしい。



 それでさっきの状態になったわけね。



 お母さんの話で大体の流れが分かった。


 それにしても待ち伏せているように見えた赤井が実ははぐれていただけだったとか……。



 何コイツ? 実は方向音痴?


 美形なのに方向音痴、笑えるんだけど。



 ちょっと吹き出しそうになったけれど、何とか耐えた。


 とにかく、愛良が城山学園に転入するという話なわけだよね?


 そんなの、答え決まってるじゃん。



「城山学園に転校しろってことだよね? そんなの嫌に決まってるじゃん」


 憤然ふんぜんと、私の予想通りの答えを口にする愛良。


 お母さんも「やっぱりねぇ」と言っている辺り答えなんて分かり切っていたに違いない。



 でも、片眉をピクリと上げた赤井が何かを言おうとした。


 それを手で軽く制した田神さんが代わりに口を開く。



「申し訳ないのですが、これは決定事項なのです」


「え?」


「城山学園はエリートの学校だと言われていますが、実際はかなり特殊な学校でして……」



 そう話し始めた田神さんの言葉によると、城山学園はある特異体質の人間が集められているんだとか。


 何かどっかの漫画か小説にでもありそうな話だなぁと、少し胡散臭く思いながら聞いていた。



「そして詳しくは話せませんが、彼らは周囲に良くも悪くも影響を与えてしまうんです」


 だから学園で守らなくてはならないのだと彼は言う。



 そこまで話し終えると、お母さんが神妙な面持ちで質問した。



「……それは、愛良もそうだと言っているんですか? 愛良はそんな特殊と言われるほど周りに影響を与えたりはしていないはずですが……」


 お母さんの言葉に、私と愛良は揃って頷く。



 うんうん、ないない。

 愛良は普通の一般人だもん。



 なのに田神さんは――。


「今まではそうでしょうね。でも、これからはそうもいかなくなります」


 キッパリと断言した。


 真面目な顔で言っているし、嘘や冗談を言っている様には見えない。


 でも、そんな曖昧な説明で納得出来るはずもない。



 当然お母さんも「でも」と反論する。



「突然そんなことを言われても信じられるわけ――」


「あー面倒くせぇ!」


 今まで黙っていた赤井が突然叫んでお母さんの言葉を遮った。



「だから言っただろ、いつき。説得なんて無理だって」


 田神さんにそう言い放つと、赤井はお母さんの肩を掴み視線を合わせる。



 突然のことでただ驚く私と愛良。



 赤井は一体何をしているのか。


 何か良くないことをしているんじゃないかと思ったときにはもう遅かった。


 気づくと、お母さんは目を見開いた状態で固まっていた。

 顔は目の前の赤井の方を向いているのに、その目は何も見えていないかのように焦点が合っていない。


 明らかに様子がおかしい。



「ちょっと! あんたお母さんに何してるの⁉」


 異変に気付くとすぐに私は赤井の腕に掴みかかり、お母さんの肩から彼の手をどけた。


 赤井は一瞬顔をしかめたけれど、すぐにフンッと鼻を鳴らしておとなしく座りなおす。



「そいつ――愛良は城山学園に転入することが決まっているんだ。それを断るなんて選択肢は初めからない」


「はあぁ?」


 あまりの一方的な赤井の言葉に私は怒りの声を上げた。

 でも私のことなんて全く気にせず彼は続ける。


「でも一方的にそう言ったって納得する親なんかいないだろ? だから、最初からこうして催眠術を掛ければ良かったんだ」


「何それ? つまり今のは催眠術を掛けたってこと?」


 言いながらも私は半信半疑だった。



 催眠術なんてテレビとかでしか見たことがない。


 しかも成功しているかどうかなんてテレビ番組じゃ分からない。ヤラセかもしれないし。



 それがこんな高校生に出来ることなの?


 実際には出来る人もいるかもしれないので、赤井の言うことを信じるべきなのか迷う。



「零士、お前の言いたいことは分かる。実際出来るなら最初からそうしてた」


 田神さんのその言葉は赤井が催眠術を掛けられるのは当然だとでも言っているかの様で、私の胸ににわかに不安が湧き上がる。


 え? じゃあやっぱりお母さんは催眠術に掛かっちゃったの?


 お母さんの肩を掴み、心配そうに覗き込む愛良を見て更に不安になる。



「だが、彼女は愛良さんの母親だ。完全には掛からないと思うぞ?」


 ため息交じりの田神さんの言葉を聞きながら、私もお母さんの顔を覗き込む。


 焦点の合っていない目で虚空を見つめているお母さんは、今の話すら聞こえていないようだった。



 ちょっと、これ、本当に大丈夫なの?



「お母さん? お母さん!」


 愛良が肩を揺らしながら呼びかける。


 ちゃんと正気に戻るのか心配だったけれど、数回の呼びかけでお母さんはあっさり普段通りの様子に戻った。



「あ、あら? あたしボーっとしてた? 嫌だわ、お客さんの前で」


 ホホホ、と誤魔化すように笑うお母さんを見て愛良と二人ホッと胸を撫で下ろした。


 温くなったお茶を飲み一息つくと、お母さんは田神さんを見てこう言った。


「愛良の転入が決定事項だという理由は分かりました。でも、親としてはやっぱり心配ですし、愛良の気持ちを尊重してやりたいと思うんです」



 その言葉を聞いた赤井は愕然とした表情を見せ、田神さんは“ほらな?”と言うように赤井に視線を送る。


 その様子に赤井が掛けたという催眠は失敗したのだと思った。



 でも、愛良の転入理由について信じ切れていなかったはずのお母さんが何故かあっさり納得している。


 少しは催眠が掛かっているという事なんだろうか?



 赤井と田神さんの会話の意味がよく分からないけど、とりあえずお母さんが喜んで愛良を差し出すようなことにならなくて良かった。



 お母さんは愛良に向き直り、真剣に問いかける。


「愛良、転校は決定だって話だけれど、愛良はどうしたい?」


 そんなの決まってる。

 さっきと答えは変わらないよ。


「それでも嫌だよ。そんな訳の分からない学園、一人でなんて行きたくない」


 そうそう、その通りだよ!



 愛良の言葉を後押しするように、私は愛良の近くに行ってその腕を抱くように組んだ。


「そうだよ! 愛良を一人で行かせられるわけないでしょ? どうしてもって言うなら私も一緒に行くから!?」

「うんうん、お姉ちゃんも一緒じゃなきゃ絶対行かないからね!」


 二人でそう宣言する。



 かなり特殊なところらしい城山学園。

 特別な人しか入れないというなら、平凡な私なんて入れるわけがない。



「はあ? 転入するのは愛良だけだ。お前なんかお呼びじゃねぇんだよ」


 赤井はさっきまで被っていた猫を引っぺがして私は必要ないと言う。

 お母さんがちょっと目を丸くしてるけど、それは置いておこう。


 そうそう、一緒になんて無理に決まってるんだから。

 だから愛良のことも諦めて欲しい。



 思った通りに進みそうな様子にほくそ笑んでいると、田神さんが「いや……」と顎に指をあてて呟いた。


「聖良さん、だったね? 良いよ。君もついでに転入すると良い」

「…………」


 しばらくの沈黙の後。



『ええぇぇぇ!?』


 私と愛良、そして赤井の叫びが重なった。



「何で? え? どうして?」

「え? 良いの? でも何で?」

「いやダメだろ! バカなこと言うなよ斎」


 三者三様の言葉を発する。

 田神さんが答えたのは赤井の声にだった。


「バカなことじゃないよ、零士。見て分かっただろう? 愛良さんほどではなくても、聖良さんも十分特殊と言える人物だということが」


 田神さんの言葉に赤井は一瞬言葉に詰まる。


 私の何が特殊なのかサッパリ分からないけれど、赤井や田神さんには見れば分かるらしい。


 赤井は渋面を私に向けると、フンと鼻を鳴らしてソファーに座りそっぽを向いた。

 不満はあるけどもう口にするのはやめた、と態度に現れている。



 赤井の様子を見て満足げに笑みを深めた田神さんは私と愛良に向き直った。



「聖良さんもついでに転入できるようにしよう。だから愛良さん、転入の話を受け入れてくれるかな?」


 無理です!

 とは言えない。


 一緒になら良いと言ってしまった手前、ハッキリとは断れない。


 私は無表情のまま、内心かなり焦りながら考えた。



 どうしよう。どういう理由を出せば断れる?



 必死に頭を回転させるけれど良い案は一つも浮かばない。

 それでも諦めずに考えていると、愛良が口を開いた。


「え? 本当にお姉ちゃんも一緒に行けるんですか?」


 ……ん?



 断りの言葉を口にすると思ったのに何だかおかしい。



「ああ、約束しよう」

「それなら良いです。転校します」


 愛良の言葉が信じられなくて二拍ほど沈黙。


 そして――。



「っえええぇぇぇ!?」


 私は今度は一人で叫ぶ羽目になった。


 隣の愛良が耳を押さえ、お母さんが「うるさい」と呟くのが見えたけどそんなの今はどうでもいい。

 私は愛良の両肩を掴み正面から彼女を見た。



「愛良、今転校するって言った? 何で? どういうこと?」

「何でって、あたしにとって一番大事なのはお姉ちゃんと同じ学校に行くことだもん。お姉ちゃんも一緒なら平気」


 問い詰める私に愛良は可愛いことを言ってくれるけど、今の状況では素直に可愛いと思えない。


 私の様子に愛良は不安そうな顔で聞く。


「お姉ちゃん、一緒に来てくれるんだよね……?」



 上目づかいの愛良。

 うっ、可愛い。そして断れない。



「う、うん。もちろんだよ。愛良一人では行かせられないもん」

「良かった、ありがとうお姉ちゃん!」


 キラキラした笑顔に“やっぱり行かない”とは到底言えない。



「良かった。これで話はまとまりましたね」


 田神さんが笑顔でそう締めくくった。




 何故か私も転校することになったけれど……。


 愛良を転校させないようにしていただけのはずだったのに……。


 あれ? つまり私、愛良に巻き込まれた?



 後戻り出来ない状態に、私は途方に暮れていた。

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