第参部 第六話 吉野平原の戦い 

「先鋒は、黒狼。俺の白虎と死蜂もすぐに出るが、それまでは……お前たちが主力だ。存分に暴れろ」


「言うまでもありません、謙信様。…絶対に、時宗の首を挙げて見せます」


「……ああ、任せたぞ」


「謙信様、全部隊の準備が整いました!いつでも出れます!」


「…よおし、西部軍本体!始めるぞお!」



天正二十年。

奥羽山脈にて、越後三将が一人である北畠義銘が戦死したとの噂が広まると。


急成長を遂げた越後に触発され、活発に動き出していた小国たちの勢いが弱まり出し、天下は再び膠着状態へと陥っていた。


そんな中にあって、とある大国が、ついに重い腰を上げようとしていた。


それまで、まさに件の小国たちに手を焼かされていた東の超大国。伊達氏の陸奥である。


彼の国は、今まで謀反の恐れありとして中央から遠ざけていた優秀な武将たちを、一斉に中央軍部へと招集。

抜本的な、軍事改革へと着手していた。


そしてその中には当然、義銘を討ち取った功を認められた、この男も。


「…伊達時宗、貴殿を陸奥軍総司令に命ずる!!」


「フッ…はいはい、拝命しますよ」


輝虎——伊達政宗が戦死して以降、空席となっていた軍総司令の座。

軍部全体を自身の一存で決めることができるという、実質的に軍トップのポジションに、伊達時宗が就任したのだ。


それからと言うもの、彼は徹底した西部戦線への進撃を開始。


「とっ、止めろお!今ここで止めなければ、この先の集落一帯が…ギャアアアアっ!!」


「分かってる、だがこいつら数が……!!」


「ホラ行けえ、逃げるネズミは追って皮を剥いでおけえ!」


「オオオオッ!」


万の死者を出しながら、その倍以上の戦果を上げ続け——そしてついに、年を跨ぐ直前。


越後側の西部地域、義銘が戦死と扱われて以降規模を縮小していた、西側防衛線と到達したのだった。


現在両者が睨み合っているのは、越後国の西端に横たわる広大な平地、吉野平原。

目立った障害物もないこの地で、二日前から両軍は陣を構え、一触即発の均衡を保っていた。


「総司令。仰られていたとおりに、敵の捕虜を連れて参りましたが……いったい、何のために…」


「うーん、そうだな…ちょっくら、軽い挨拶をね」


そう言いながら彼が手にするのは、ペンチにも似た鉄製の器具。

先端には、赤黒い模様が染み付いている。

それは果たして単なるサビか、それとも——。


「さーて、……君たちは、何本で教えてくれるのかな?…あの子の、弱点を」


伊達時宗。

彼の異名は、”北方が産んだ悪鬼”。


優れた知略と並外れた武力、それ以上に彼の代名詞は。



「略奪と拷問、ですか?軍総司令なのに?」



意外そうに聞き返すのは、馬上で話を聞いていた兼続。

そんな彼の言葉に、謙信はこくりと頷いて再び口を開いた。


「ああ、驚くのも無理はない。…だが裏を返せば、それほど奴が優秀だとも言える」


数年ほど影虎として、時宗のもとで兵法を学んでいた謙信の言である。

どこか重みのある言葉に、兼続は思わず息を呑んだ。


「そうですね、それほどの性格難を抱えていてもなお、中央が欲しがったということですよね」


「そうだな、それだけ今の陸奥国が本気だということだ。…ただでさえ持久力のあるあの国が、なりふり構わず全力で牙を剥いてくるのは……厄介だぞ、兼続」


そう、なりふり構わずだ。

そうでなければ、あんな男を登用するはずがないのだ。

あんな、下衆を。


思い出すだけでも、はらわたが煮え繰り返る。


人の指を捻じ切る、あの感触。

今でも夢に見る、気色の悪いあの光景だ。


「…あんな男だが、義銘を打ち負かすほどの実力者ではある。気を引き締めていけよ」


「それも、充分に分かっています。義銘のことは……一度忘れます。俺は、越後国の第一将ですから」


「ああ、頼んだぞ」


二の句をつごうとしたその時、山岳の向こうを注視していた物見が叫ぶ。


「来た、来たぞおお!!…先頭は騎馬隊、その数3000!旗印は”陸”のみ!」


「ということは、初手は正規軍だけか。…兼続、お前が——」


行くのか、その言葉を聞く前に。


兼続は、バッと刀を天高く振り上げて叫んだ。


「行くぞ黒狼隊!我が戦友、北畠義銘の弔い合戦だ!……出陣だああああああッッ!!」


「「オオオオッ!!」」


こうして、陸奥国第一陣の正規軍3000に対して、越後国第一陣の精鋭部隊”黒狼”3000がぶつかり。


吉野平原の戦い、その一日目が幕を開けた。











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