第4話 三匹のウナギ

 その夜、三人は蠟燭の火を頼りに小屋に閉じこもっていた。外に出て助けを呼ぼうと主張した晋を、智也が「奴は本来夜行性だ。今出歩くのは危ない」と制した結果、小屋で一晩を過ごすことになったのだ。

 状況は最悪であった。潔の所持する銃の内、最も威力の高いライフルは弾を撃ち尽くしてしまった。残るは威力で劣る散弾銃のみであり、これでは心もとない。その上一撃必殺の武器である智也のレーザー銃は、先の一発で銃身が溶けてしまい、もう撃てなくなっている。


「そっちの地球での俺はどうなったんだ」


 晋は智也に顔を向けることなく、独り言のように尋ねた。晋はもう智哉のことを疑っていない。あんなものを見た後では信じるより他はないのだから。


「食われたよ。僕の目の前で」

「……悪い。聞くんじゃなかった」


 しまった、と、晋は自らの発言を後悔した。目の前で人が食われた……そんなものは、あまり思い出したくないだろう。


「いや、いいんだ。今度は死なせないから。そのために僕は……」


 穏やかで優しく、少し頼りない印象だった智也が、今ではまるで違って見える。考えてみれば当然だ。この智也はずっと年上なのだし、その上きっと悲惨な世界を生き延びてきたのであろうから……

 それから、三人は冷蔵庫にあった麦茶を飲み、引き出しにあったカニ缶やツナ缶を分け合って食べた。晋は汗でべたつく服に不快感を覚え、風呂に入りたいと思ったが、あいにく小屋は六畳一間に別室でトイレがついているだけのつくりで、入浴はかなわない。


「さて、今の内に策を考えておこう。シンくん」

「ん?」

「前に僕が置いていったラジコン戦車あるよね? 朝になったらあれを持ってきて」

「よく覚えてたな……」

「年寄りは昔の話ほど覚えてるものさ」

「そういうものか……?」

「それから爺ちゃんにも頼みがある」

「ほほう、何じゃ未来のトモ」


 潔もまた、先ほど智也から事情を聞かされていた。「オオウナギによって滅茶苦茶にされた未来から来た」という話はあまりにも突飛すぎていまいち飲み込めていないようだが、先の光景を見た後とあって、疑念を抱いているわけでもなさそうだ。


「カセットコンロのガス缶を戦車に巻きつけて即席のラジコン爆弾を作る。それに肉をくっつけてオオウナギを引きつけるから、爺ちゃんはオオウナギがそれを咥えたタイミングでガス缶を撃ってほしいんだ」

「昔婆さんと見た映画みたいじゃのう……婆さん怖がって一週間口きいてくれなかった」

「三匹目がどれほど強化されてるかは分からない……でも爆発物は有効なはず。明日が勝負だ……」


 薄明りの下、智也は拳をぎりりと固く握っていた。


***


 窓の外から朝日が差してきた。外に出た三人が見たのは、何事もなかったかのように静かな湖畔であった。まるで昨日の騒動が全て嘘だったかのような平穏さであったが、小屋に通っていた電線が断ち切れていたのを確認した時、三人は怪物の襲撃が紛れもない現実であったことを認めさせられた。

 

 不思議なことに、オオウナギの死体はなかった。もしかしたら三匹目が食べてしまったのかもしれない。晋は昔プラスチックケースで飼っていたスズムシが、共食いを繰り返して一匹だけになってしまったことを思い出した。

 

「三人でどうした連絡もしないで」

「ああカズ、それがな……」


 家に戻った三人は、早速父に詰められた。連絡もせず丸一晩小屋で過ごしたのだから当然だ。警察に捜索願も出されていたらしい。事情の説明は、潔が買って出た。カズというのは晋の父、和也かずやのことである。


「オオウナギが襲ってきた? 何言ってるんだ」

「爺ちゃんの言ってることは本当だよ」

「シンまで。あまり人をからかうなよ」

「じゃがのうカズ、本当なんじゃ。これ以外に説明の仕様がない」

「あーもう分かった。祖父と丸一晩過ごしてて、スマホなくて連絡できなかった、って警察には言っとくよ」


 晋の父は、もう狂言に付き合ってられないといった態度であった。三人はすっかり説得を諦めてしまった。

 それから、三人は朝食を取り、交代で風呂に入り汗を流した後で準備に取り掛かった。晋は早速、散らかった自室で例のラジコン戦車を探した。


「……あった!」


 学習机の一番下の引き出しの奥に、74式戦車のラジコンとそのコントローラーがあった。電池を入れて床に置き、コントローラーのスティックを動かしてみると、戦車はちゃんと床を走り出した。


「さて、後は花火大会の時が勝負だ」

「花火大会……! そうだ、早く止めなきゃ!」

「……無駄だよ」


 智也は俯いて目を合わせず、晋に対して静かに反論した。


「だって早く止めなきゃ犠牲が……」

「僕たちの話を誰が信じる? 家族でさえ信じてくれないのに」

「そんなこと言ったって、このままじゃ人がたくさん……」

「それは……仕方のないことだ」

「人が死ぬのにか?」

「どうあっても犠牲はゼロにはならない。シンには酷な話だろうけど、分かってほしい」

「分かんねぇよ……」


 晋は智也に背を向けて駆け出し、着の身着のままで外へ飛び出した。どうしても、智也の話は納得できなかった。

 湖畔には人が増えてきており、キッチンカーがあちこちに停まっていて、美味しそうな臭いが漂ってくる。まだ午前中だというのにこの盛況ぶりだ。これからもっと人は増えてくるに違いない。そこをオオウナギに襲われたら……


「お願いします! 花火を延期してください! 湖に人食いウナギがいるんです!」


 湖畔の開けた公園に駆け込んだ晋は、そこで花火の準備に取り掛かっている大人たちに詰め寄った。


「晋くんか。忙しいんだからそういうのは後にしなさい」


 応対に出た細身の中年男は、矢上家の近所に住む荒木さんであった。やはりというべきか、彼もまた晋の言うこと信じていない。


「昨日も釣り人が一人食われました! 嘘じゃないんです!」

「確か児玉さんに捜索願が出ているが……それが人食いウナギの仕業?」

「そうなんじゃよ! シンの言うことは本当なんじゃ!」


 後ろから現れた潔が、孫の弁護を始めた。どうやら潔もこっそり晋の後をつけていたようだ。


「潔さんまで……変なイタズラやめてください」


 二人の奮闘も虚しく、花火大会の運営側は全く話を聞き入れてくれなかった。結局、潔の「もう帰ろう」という一声で、晋は諦めて帰路についた。


「駄目だ……このままじゃ……」


 人混みの中に、あの怪物が突入してくる……悪夢のような出来事だ。晋の心に、恐怖がびっしりと根を張っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る