短編集 無題

歯車壱式

第一片 とある別離

「なぁ、俺ら出会ってもう何年経つっけ?」

コップを傾けながらふと問う。

質問の唐突さに面食らいながらも顔の前で指を組み目を閉じ思い出す君を見ていると、歳月を経ても根は変わらないものだと気付かされる。

「イマイチ思い出せないが少なくともふた周りはしたのでは?」

「そうか。」

君と出会ってそれほど経つ。そんな事実に若干驚いたが、ある程度想定していたのかそこまで驚いていない自分がいた。


「・・・色々あったな。」

「そうだね。」

「色々やった。」

「そうだね。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


君と出会ってもうふた周り経つ。

だが、君との時間ももう長くは無いかもしれない。

「・・・そんな顔をしないでくれるかい?少なくとも私は幸せだったのだから。」

「だが・・・だがもっと方法はあったんじゃないのか?」

「いや、限界さ。」

「それでも俺は・・・嫌だ・・・・・・」


出会った頃から病によって体機関の殆どを機械化していたが、それも限界となった君は可能性をヴァーチャル空間へと求めた。

現実世界に身体は無くなってしまったが、脳内の記憶や人格を大量のHDDへ記録し移動させるという狂気じみた賭けは見事成功した。だが。だが全てのモノには「寿命」がある。今度はHDDが寿命を迎えつつあった。


「アレから200年。200年だよ。もうデータの規格が違いすぎて移行できない。もう何度も試したじゃないか。」

「だが・・・」

「あのままならもう10年も生きられなかった私が200年も生きられたんだ。十分だよ。」

そう言って笑うが、そのホログラム映像にはノイズが混ざり始めていた。

「・・・唯一の心残りは君を残して逝くことぐらいだ。君、私がいないと何も出来ないじゃないか。」

「なっ・・・そんなことは・・・いや・・・・・・そうだな。」

「おい。冗談を真に受けないでく」

「俺は君がいないとだめだ。朝も起きれないし着替えも何処にあるか分からないし何より・・・君がいないということが・・・辛い。」

「そんな・・・」

「ダメなんだ。200年だぞ?200年もいた友人が明日からいないなんて事実、俺には耐えられない。」

「そういえばお気に入りのサレロ定食屋が閉店した時も結構凹んでいたっけな。」

「おいーーー」

定食屋の閉店と生物の死を一緒にするなと抗議しようとした自分の声は君の笑顔で立ち消えた。

「一緒さ。「無くなる」という点では何も変わらない。一時的には落ち込むが、200年という刻があっという間だった様に慣れるのもあっという間だよ。」

「だからって・・・」

「だからこそさ。もうすぐ私は「死」を迎える。そんな私の最後の我儘として、君の辛そうな顔を見て逝きたくないのだよ。」

「我儘だな・・・」

「我儘さ。駄目かい?」

「難しいな。」

握りしめていたコップを置き、伸びをしながら立ち上がる。

丸まっていた腰と背中がバキバキ鳴った。

「いい加減直しなよ。その猫背。」

「いや、もう直らんさ。」

「やれやれ・・・三つ子の魂百までっていうのに。」

「200年以上直らんかったもんがこの先直るものか。」


この軽口もあと何回交わせるだろう。

そんなことを思いながら煙草に火を点ける。

窓の外はもう明るくなっていた。

「もう朝だね。」

「そうだな。宵越しのタバコがうめぇ。」

「それ、微妙に使い方間違ってるよ。」

「うるせぇ。」

「それじゃ・・・」

「今日も・・・」

「「生き延びますか。」」



この噺のオチは記録に残さない。


自分の死後、自分が君にした事は研究され考察されるだろう。だからこそ「君がいた」という事実は残しこそすれ、自分と君の最後の会話は俺達だけの秘密だ。

あの世があるのならまた会おう。

輪廻転生があるならば、やはりまた君に会いたい。


またいつかどこかで。

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