第4話 転

「おーい、いるんだろう。流川ぁ」


いや、厳密にいうと保健室のトイレ、ではなく保健室に一番近いトイレ、なのだが、いくら小学生とはいえ頻繁に保健室に来るものなどそうはいない。来たとしても普段訪れない保健室の中に興味をすべてもっていかれ保健室の外にポツンとあるさびれたトイレに目を止める者などほとんどいまい。たまたまよくけがをする武はかろうじて、その存在を記憶の端にとどめていたのだ。


「おーい、いないのかぁ」


トイレの前で何度も流川の名前を呼ぶがトイレからは誰も出てこない


「あれ、おっかしいな。絶対ここだと思ったんだけどな」


いい加減あきらめて降参しようかと思ったその時


ガシャン


「うおっ、びっくりした」


トイレの中から勢いよく銀ダライを落としたようなとてつもなく大きな音が聞こえた。


日の落ちた今の時間、校舎内にいるのは警備のおじさんと明日のテストをつくっている一部の教師だけ。そしてどちらもこんな校舎の端っこのトイレによることなどまずない。


「なんだよ、やっぱりあいついるんじゃねえか」


トイレの中に流川がいる確信を得た武はここまで付き合わされた不満を前面に押し出してずけずけとトイレの中に入った。


「おーい流川。いるんだったらとっとと出て来いよ。流川」


見つけたら一言、いや魔法少女キラキラルン☆ルンをお預けにされたから五言ぐらう言ってやろうと思っていた武の顔がトイレの真ん中、隠れる気など全くないというように直立不動で立つスーツ姿の男の顔にかき消される。


「えっ…………」


「みつかっちゃったぁ」


ヘリウムガスを吸った後のように異質な声。その声を発する男の顔には口がなかった。口だけではない目も髪も肌も何もない。あるのは顔と思しき黒い球とその玉の真ん中にあるでかい一つ目のみ


「お前……誰だ」


「うーん。いい隠れ場所だと思ったんだけどな。君、かくれんぼうまいね」


「おいっ」


自分の質問に答えるそぶりのない謎の男に大声を上げる武。あまり刺激しないのが得策なのだがそんな余裕は武にはない


「ああ、ごめんごめん。僕の名前はボッチ」


「ボッチって、それ流川が言っていた」


「そうなんだよ。僕はいつも一人ぼっちなんだ。だから友達が欲しくてね。だから彼をこちらの世界に連れて行こうとしたんだけど。彼はだめだね。僕を見つけられなかった」


「何を、言って」


「だってそうだろ、本当の友達なら僕がどこにいても見つけてくれるのが当然じゃないか。君のように、ね」


「っ」


自分の目玉の十倍以上ある巨大な一つ目のなめるような視線に背筋を凍りづかせる武。


必死に念じるも武の足は恐怖で動かない。


「さてとじゃあ早速君を僕たちのいる世界に連れていこうか」


「っ」


男の手が武に伸びる。必死に体を動かそうとするが、男の手が徐々に武に近づき、そして


「おおと、いけないけない。せっかく君が真の友である証拠を示してくれたんだ。僕も君に友達の証拠を示さないとね」


武の肩に触れる寸前で男はそのエナメル質な手を引っ込めた。


「ど、どういうことだよ」


「今から三十秒、君に時間をあげる。その間に君に隠れてもらって僕は隠れた君を見つける。君が僕にしてくれたようにね」


「…………」


「それじゃあ始めるよ、いーち」


巨大な目玉をトイレの壁に向け、カウントダウンを始めた瞬間


「う、うわああああああああああああああああ」


武は走った。全力で。恐怖が足を先の見えない暗闇の中へ動かした。


「じゅうさーん、じゅうにー」


もうだいぶ離れているはずなのにあの男の声が武には聞こえ続けた。


「あとじゅうびょー」


「っ」


タイムロスになるとわかっていても武は耳をふさいで男の声が逃れようとした。しかし、


「きゅー、はちー」


「うそだろ」


男の声は武の頭の中でなり続けた。


(なんだあれ、なんだあれ、なんなんだよ、あれはっ。どうなってるんだ。連れて行くってなんだよ。死ぬのか。俺死ぬのかよ。ふざけんなよ。


武は必死に足を動かし、ある部屋へ飛び込んだ。校舎三階にある、全生徒から忌み嫌われ恐れられる教室。

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