一緒に骨上げ

多聞

独り言

「ねえ、私もう待ちくたびれちゃった。まだ焼けないのかしら。え? あと少しだから大人しく待てって?あと少しあと少しって、さっきからそればっかりじゃない。もう、早く灰になりなさいよ。どこが焼け残ってるの? ああもう、だから言ったじゃない。いつお迎えがきてもおかしくないんだから、迷惑かけないように痩せておこうって。案の定時間かかっちゃってるじゃない。本当に意志が弱いんだから。お前も似たような体型じゃないかって? 失礼ね、あなたほどじゃないわよ。そういう余計な一言を口に出しちゃうところ、変わってないわねえ。だから嫌がられるのよ。今日だって私一人しかいないじゃない」

 話し声が聞こえた瞬間、田代は全速力で廊下を引き返していた。あの部屋に入るなんて無理だ。今は一刻も早く控室から離れたい。

 早足でスタッフルームに向かっていると、前方に指導係の高嶺の姿が見えた。辛気臭くなりがちな黒スーツを、今日も爽やかに着こなしている。

「あれ、ご遺族の方を呼び出しに行ってくれたんじゃなかったっけ?こんなところで何してるの」

「いや、それが……。あの、今日は直葬の予定しか入ってないですよね?それも最少人数の」

 直葬を希望する場合は、参列者が一人ということも珍しくない。だからこそ田代は挙動不審になっているのだが、高嶺は気にする様子もない。

「ええ、そうよ。それがどうかした?」

「どうもこうもないですよ!俺、あの部屋入れないです」

 高嶺の目がすっと細くなった。

「入れないってどういうこと? 田代くんには簡単な仕事を頼んだつもりだったんだけどな」

「だって、一人しかいないはずの部屋から話し声がするんですよ? どう考えてもおかしいじゃないですか」

「おかしいと思うからおかしいのよ。ただの独り言、そう思えばいいの」

「いや、あれはすぐ隣に誰かいるテンポの会話でしたよ」

 なぜ高嶺は真剣に聞きいれてくれないのだろう。どうにかして信じてもらおうと、田代は必死に言いつのった。

「俺、ドアの前でずっと聞いてたんですけど、とにかく内容が変なんです。「どこが焼け残ってるの?」とか、「早く灰になれ」とか……。これ、話してる相手はきっと」

「田代くん」

 高嶺が突然にっこりとした。そのほほ笑みは、田代が思わず口をつぐんでしまうほどの迫力があった。

「あのね、ここでは知らないふりをしないとやっていけない場面があるの。そんなものは聞こえなかったって思いこむことも大事なのよ」

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