かさね譚

やなぎ怜

~秘密基地~

 小学生のあるとき、夏のあいだ、私は母方の祖父母の家に預けられていた。


 山を背負い、海が間近に迫った典型的な田舎の村で、私はつまらない夏休みをすごしていた。



 どこにでもいらないおせっかいを焼く人間はいるものだ。


 当時の私は変に冷めた子供だったので、そういった人間が非常にわずらわしく感じられたものだ。


 今であれば、愛想笑いのひとつでもしてかわせるだろうが、当時の私はひどい仏頂面をさらすばかりであった。


 しかしそんな態度を取ればとるほど、おせっかい焼きの人間は気になってしまうらしい。


 少子高齢化の波をもろにかぶるその村では、子供たちの存在は貴重であった。


 そして子供たちは子供たちで大人の期待に沿うように、ひと一倍結束が強かった。


 仲間はずれや、ましてはイジメなんてご法度で、妙に冷めた子供だった私は、そんな村の子供たちの認識にゾッと鳥肌を立てたものである。


 イジメはもちろんよくないものである。けれども生来的に合わない人間などごまんといるもので、だというのに「仲良しごっこ」に精を出す姿は、私にはひどく恐ろしげに映ったものだった。


 もちろんその「仲良しごっこ」によそ者の私も巻き込まれた。


 祖父母宅に着いたその次の日にはもう村中が私の存在を知っていた。


 もちろんそのことに気づいたときには大いにおどろいたが、それよりも我が物顔で祖父母宅に入り込んでくる子供たちの、その図々しさにも私はおどろいた。


 そして子供たちは図々しく私を仲間に入れてあげるとのたまい、あっという間に私を祖父母宅から連れ出してしまった。


 それからの日々は憂鬱だった。


 好きでもない外遊びに連れ出されては「仲良しごっこ」を強要される。田舎は恐ろしいところだ、と思ったものだ。


 そうした私の毎日が、まして憂鬱になったのは「秘密基地」を見つけてからだ。


 山奥にあったその廃屋は、廃屋というにはひどく綺麗だった。が、ひとの気配はまったくなく、放棄されていくばくか経っていることもまた、明らかであった。


 見つけたのはいわゆるガキ大将的なポジションにいたY太だった。


 自然以外はなにもない田舎の村だ。毎日同じような遊びをするしかなかった子供たちは、その廃屋を見つけて大いに沸き立った。


「ここ、秘密基地にしよーぜ!」


 Y太のひと声に反対する者はいなかった。


 みながみな、好奇心に沸き立ち、代わり映えのしない日々に急に差し込まれた非日常へ、目を輝かせて熱視線を送っていた。


 恐らく唯一私だけが、心の中で不安に駆られていたに違いない。


 こんな田舎の山奥に浮浪者の類いがいるとは思えず、また不良の溜まり場になるほどの利便性もない。そのことはわかっていたが、私は正体のない不安に駆られた。


 じきにその不安は的中した。


 村にいる子供は私を含めて八人しかいないことはわかっていたのだが、「秘密基地」へ行くとひとり増える。


 しっかりと顔を見て、名前を思い浮かべて数を数えているのに、たしかにひとり多い。


 しかし、だれが「余分」であるのかまではわからない。


 名前を言えるし顔も見知っている。しかし、村には八人の子供しかいないはずであるのだが、「秘密基地」へ行くと九人になっている。


 気味が悪かった。


 しかし私の中の不快感を煽ったのは、子供たちの態度であった。


「山の神様かもしれねーじゃん? おれらといっしょに遊びたいだけなんじゃね?」


 ガキ大将的ポジションにいるY太の鶴の一声。子供たちはあっさりとその意見に流されて、正体不明の「余分」な子供に気を払わなくなった。


 可愛げがなく冷めた子供であった私は、「神様を信じてるなんてばかみたい」と思ったが、言えなかった。


 まず私が批難されることにより、この村で暮らす祖父母に差し障りがあってはことであった。


 子供たちの輪から外されることは恐ろしくなかったが、正体不明の存在がそこに混じっているのだと思うと、なんだか私から弱味は見せられないと感じられた。


 結局、私も流される形でひとり多い子供たちに混じって、したくもない遊びに日々付き合うしかないのであった。


 だれが「余分」なのかは最後までわからなかった。


 私は「余分」な子供を見つけようと、「秘密基地」へ行くたびにしっかりと顔と名前を頭の中で確認したが、それでも皆目見当がつかない。


 気味悪さが募り、私はますます憂鬱を深めた。


 そんな様子だったので、夏風邪を引いたのか、ある日熱を出して寝込んだときには、あの「秘密基地」へ行かなくていいのだと思うと、心の中で小躍りしたくらいだ。


 熱に浮かされながらも深い眠りへと落ちた私が次に起きたのは、もう日が落ちようとしている時間帯だった。


「あのね、かさねちゃん……」


 客室に顔を出した祖母が、沈痛な面持ちで切り出したのは、「秘密基地」が火事で燃えた、という話だった。そして私以外の子供たちがみな死んだ、という話も。


 あとから聞いたところによると、子供たちは内開きの玄関扉の前で折り重なるようにして倒れ、死んでいたと言う。


 内開きの扉を、パニックになって外へ開こうとしているうちに力尽きたのだろう、という話だった。


 身近な人の死に直面したことがなかった私は、それなりにショックを受けた。


 子供たちに親しさは感じていなかったが、死んだのだと聞くと、胸がざわつくのを感じた。


「みんな? 八人とも?」

「そうよ、みんな……。……でも七人よ。この辺りにはかさねちゃんを入れて八人しか子供がいないからね」



 ……あのときいた「余分」な子供がどこへ行ったのかはわからない。


 そもそも実体として存在したのかすらわからないし、あるいは子供特有の空想が見せた集団幻覚だったのかもしれない。


 いずれにせよその火事以降、「秘密基地」へ近寄ろうともしなかったせいもあるのだろうが、私はそれ以後、「余分」な子供は見ていない。


 ただ今になっても「秘密基地」という単語を聞くと、あの夏の不気味な体験を思い出さずにはいられないのだった。

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