4・Re:Encounter Frog

 エレベーターに乗ると、その真ん中に立て看板がありました。そこには小さな文字でこう書いてあります。


 〈このエレベーターは22階までです〉


 私と紀久君はその看板を数秒、まじまじと見つめました。恐らく、考えていたことは同じはずです。


 「22階……。全部で何階なんでしょうね。この洋館は。」


 紀久君が先にそう言いました。やはり、気になるのはそこです。いくら屋上を目指すと言っても、今の状況では何階が屋上なのかはサッパリです。


 私は周りを見回してみます。エレベーター全体は木製で、四隅にある明かりは弱弱しい暖色の光を放つ電球。そして行先を押す階数のボタンは、貝殻か何かでしょうか。きらきらと複雑に光を反射する白いボタンに、黒字で階数が書かれています。


 しかし、その階数ボタンを見て、私はひとつ気が付きました。


 「ね、ねえ紀久君。この階数ボタン、こっちは36階まであるよ。」


 紀久君は、看板から振り返ってボタンを見ます。


 「お、本当ですね。っていうことは最上階が36階ということでしょうか?」


 今度はふたりでボタンの方をまじまじと見ます。ここが現実世界だったらボタンが36階までな以上、36階が最上階なはずですが、なんといってもここは夢の中です。ボタンが36階までだからといってそこが最上階だとは決めつけられないでしょう。


 紀久君が、不意に36階のボタンを押しました。しかし、ボタンは反応しません。看板通り、ボタンを押せるのは、行けるのは22階までのようです。


 「とにかく、22階まで行ってみますか。」


 紀久君がそう呟きました。私は無言でこくりと頷きます。


 彼が22階のボタンを押すと、木の格子がキュルキュルと油の足りない音を出しながらゆっくり閉まりました。数秒をかけて格子が閉まると、エレベーターがゆっくりと上昇を始めます。どこか遠くでガコガコとこれまた木製の歯車が噛み合い回る音が響きます。 


 エレベーターが動き始めてからだいぶ時間が経ち、ようやくエレベーターは止まりました。キーンという甲高い金音が響き、木格子がまたキュルキュルと叫びます。


 「こ、ここが22階ですか……。」


 紀久君が、そう呟きながらエレベーターを降りました。私も彼に続きます。


 エレベーターを降りると、そこは異質な空間でした。まあ、夢の中ですから異質なのは当たり前かもしれません。それでも、そこは明らかに現実世界では存在しえない空間でした。


 私たちが降り立った22階は、エレベーターホールでした。全6基のエレベーターがそれぞれ向かい合って3列並んだ、やや大きめのエレベーターホールです。しかし、それが一番大事ではありません。一番大事なのは、このホールがどこにもつながっていないことです。


 ホールには6基のエレベーター以外に扉も窓もなく、どこかの廊下に繋がっているわけでもありません。そこは完全に孤立、隔絶された空間でした。


 「ええっと……とりあえずついたけど……エレベーターだらけね。」


 私と紀久君は、各エレベーターを順に見て回ります。どれも先ほど乗ってきたエレベーターと同じ古いタイプです。


 各エレベーターの中にも、先ほどと同じように立札が立っていました。格子越しに、それぞれの立て看板に書いてある文字を読みます。


 「このエレベーターは34階まで……これは50階まで行ける……。」


 紀久君はブツブツ言いながら各看板を見て回ります。


 私も彼についていきます。エレベーターによって行ける階数はボチボチですが、どうやら36階が最上階というわけではなさそうです。


 「これは……これも22階止まり。これは……おっ、-1!?マイナスってことは……地下もあるんですね。」


 そうして彼と4つの看板を見て周り、乗ってきたエレベーター除けば、確認すべき看板が残りひとつになりました。そして最後のエレベーターを確認しようとしたときです。


 「……!!」

 「……!!」


 私も紀久君も、声が出ませんでした。


 いつからだったのかは分かりません。でも、確かに1つ前のエレベーターを見た時には居ませんでした。たった今現れたのでしょうか。でも、”それ”はあたかもずっとそこで待っていたかのように、ホールの中央にすくと立っていました。


 そう、そこにいたのはあのピエロ化粧のコビトカエルです。


 コビトカエルは、紀久君を見ると目だけニッと笑って、甲高い声で言い放ちました。


 「やア!ようコそ『巣立ち』の階へ!」


 私も紀久君も、脚が振動を与えられて急速に固まってしまった過冷却水のようです。驚きで動けません。そんな私たちを置き去りに、コビトカエルは話続けます。


 「こコは『巣立ち』の間!紀久君、君ハ巣立つにあタっテ自分が理想であルことを望ム?そレとモ普通でアるこトを望む?はたマた自分であルコトを望む?」


 このとき、おそらく、それは私だけではなかったでしょう。私も紀久君も、目のまえの謎生物とそれが発した言葉を理解するために、脳内CPUの使用率は100%になっていました。


 すこし継ぎはぎな、人工音声っぽい響きが、脳内で何度も流れます。巣立ち?理想と自分?言っていることは分かりますが、その問いの意味も意義も、答えも、私だけではなく、紀久君も、分かっていなかったでしょう。

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