9・The Magic Words Are...

 「ふう、帰ってきたわね。お疲れ様雨音。初仕事どうだった?」


 私たちは優二君の夢のなかでの魔主まのしゅ退治を終え、外の世界、つまりは優二君の寝室(とはいっても「夢の国」のなかですが)へと帰ってきました。


 夢の中から帰ってくるときも、夢の中へ入ったときと同じ渦巻に飲み込まれて移動してきたので、その回転にあてられて少し目が回りました。めまいが治まったところで、晴音の問いかけに答えます。


 「そうね……。すごく大変だったし、驚きの連続だったけど、なんだか楽しかったわ。」


 「そう言ってもらえるなら良かった。『夢のお医者さん』も悪くないでしょ?」


 晴音はポップでカラフルな迷彩柄のワンピースを揺らしながら、自慢げに微笑みます。


 「あ、でもちょっと質問があって、今回の夢のなかで経験したことを、優二君は覚えているの?でも、そういう記憶がある人がいたらもっと『夢のお医者さん』とかを知っている人が多いような……。」


 私が質問すると、晴音は今までよりもちょっと素早く人差し指をぴょこんと立て、ハッとした顔で私の質問に答えてくれました。


 「あ、そうね。最後にその仕事が残ってたわね。確かに、夢の国とか、魔主とかの記憶が多くの人に残っちゃうと夢の国にとっても、夢を見た本人にとっても、なにより現実世界とっても良くないから、私たちがその夢の記憶を消すのよ。それが仕事のシメね。」


 「そうなのね。どうやってその記憶を消すの?」


 「じゃあ、今から説明するから、やってみましょ。」


 晴音はそう言うと、スタスタと眠っている優二君の枕元まで私を引き連れていきました。


 「じゃあ、優二君の額に手を当ててみて。」


 晴音に言われた通りに右手をそっと優二君の額に重ねます。


 「それで、今から言う文言もんごんを復唱して、最後にその当てた手の先、つまり優二君の頭のなかでホウセンカの種がはじけるようなイメージをして。」


 「わ、分かったわ。」


 「じゃあいくわよ。文言は『全ては儚き夢の中。儚きは砕けて記憶にこぼれ』よ。」


 文言を忘れないようにすぐに取り掛かります。


 「全ては儚き夢の中。儚きは砕けて記憶にこぼれ。」


 私が文言を言い切り、言われた通りのイメージをすると、その瞬間、優二君の頭から一瞬だけ白と黄が混じったような光がフラッシュしました。その光は、私が現実世界から夢の国に連れてこられるときに光る光と同じものでした。


 「うん。上手くいったわね。今の光が記憶消去が成功した証よ。夢の国と共に入り込んだ私たちと、その夢の内容が消されたの。だから今の光は雨音が夢の国に来るときの光と同じだったでしょ?」


 「そ、そうね。」


 私が質問する前に光の説明をしてくれました。


 「じゃあ、これでお仕事は本当に全部終わりよ。お疲れ様!初仕事だったけど、すごく良かったわよ。」


 「ありがとう。じゃあ、私の家に帰りましょう。」


 「うん、帰ろう。」


 こうして、私の「夢のお医者さん」としての初仕事が無事に終わりました。あの時は何と言っても右も左も分からない新人でしたから、何事も初体験でとても骨が折れました。でも、その仕事は夢を見ている本人と深く関わることのできる、素敵なお仕事でもあります。そこになにか魅力を感じて、私はこのお仕事を続けようと思ったのだと思います。


 その日、初仕事を終えた私たちはまた夜空を飛んで帰りました。雨はもう上がっていて、東の空は白んでいました。その鮮やかにも強い自然の力を感じる日の光は、梅雨が幕を閉じ、去ったことを予感させました。その景色を空から眺めたあの光景も、忘れることのない記憶のひとつです。


 もちろん、お仕事の翌日には約束通り、私が見たい夢を見せてもらいました。特に晴音が現れたりするでもなく、私が「こんな夢みたいなぁ」とぼんやり思い描いて寝たものが、そのまま夢となって現れました。え、夢の内容ですか?そ、そんなの言うわけないじゃないですか。現実じゃ見れないことを見るのが夢なんですから。


 さて、ここまで私の初仕事の思い出のお話をしてきましたが、どうだったでしょうか。私にとってはかけがえのない、記憶に深く残る、数多く受けてきたお仕事のどれとも違う、特別な思い出です。


 次は……そうですね。順番通り、私がその次に受けたお仕事についてお話したいと思います。それは私が”夢のお医者さんの見習い期間”として晴音と一緒にこなした最後のお仕事でした。そして、それと同時に「夢を見ている本人とどう関わるか」ということについて、「夢のお医者さん」としてどうすべきかについて、深く考えさせられたお仕事でした。


 そんな2回目のお仕事については、また次の機会にお話ししましょう。


 それでは、良い夢を。


 


 

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