悪役令嬢に私はなる! 婚約破棄? いえ、ヒロインに王子をとられるのは乙女ゲームではふつうです。

柊遊馬

第1話、追放されたい侯爵令嬢


「アイリス・マークス。お前が聖女を貶めていた事実は明白である」


 とうとうとした調子で言うのは、オルトリング王国の国王。かつては金色だったその髪は白髪に代わり、歳を重ねた姿は細身でありながら刃物のような凄みを感じさせた。


 王城は王座の間。私、アイリス・マークスは、王座に座る国王の前に立っていた。


「これまでの数々の軽挙な言動、虚偽に満ちた振る舞いで多くの者を惑わせた。何より、王国の守護者たる聖女への危害は見過ごすことはできぬ。よって、正式に我が息子、ヴァイスとの婚約を破棄する!」

「……」


 私は静かに頭を下げた。


 侯爵家の令嬢である私は、未来の国王であるヴァイス・オルトリング王子との婚約が決まっていた。


 が、それもここまでだ。


「何か、申し開きはあるか? マークス家の娘、アイリスよ」

「ございません」


 頭を下げたまま、震えそうになる声をいつもの泰然としたものとする。


 私は侯爵令嬢。ここで無様に取り乱すという情けない姿をさらすわけにはいかない。


 周囲からは私への冷ややかな視線が集まっている。


 王国に安寧をもたらす聖女への狼藉は、それだけ重い罪なのだ。


 ……もっとも、私は『彼女』を傷つけるような行為は、していないのだけれど。


 もちろん、それを口に出さなかった。出すわけにはいかなかった。


 何故なら、私が欲しいのは無実の証明ではないのだから。


「アイリス!」


 ヴァイス王子の鋭い声が響いた。


 私は視線をそちらに向ける。


 金髪碧眼の若き王子様――私のかつての婚約者がそこにいた。その傍らには赤毛の美少女がいる。


 彼女こそ、聖女メアリー。『赤毛の聖女』という乙女ゲーム・・・・・のヒロインである。


「メアリーを傷つけたこと、それに対する謝罪はないのか!?」


 非難がましい王子の声。美麗な顔立ちには怒りが宿っている。冗談も通じない堅物王子でも、愛する人の前だとそんな顔をするのね……。


 ほら、メアリーが不安そうな顔をしているわ。……大丈夫よ、メアリー。心配しないで。


「ございません」


 私は、はっきり、きっぱりと告げた。だって私、彼女に謝るようなこと、していないもの。


 周囲がざわついた。聖女への暴力、暴言など、数々の罪を犯しながら、まったく悪びれない厚顔無恥の様への呆れと怒り。


「お前ッ……!」

「ヴァイス」


 王の凜とした声が、周囲のざわめきを沈黙に変えた。


「本来なら、お前には極刑をもって罪を精算させるところだが、聖女メアリーの嘆願もあり助命する。彼女の慈悲に感謝するのだな」

「……」

「しかし、罪は罪である。よって、アイリス・マークス、お前を追放処分とする! 国外追放である。二度と、我が王国に戻ってくることは許さぬ!」


 審判は下った。


 私は、あらためて頭を下げた。そして次に王子とメアリーの方へ向き、深々と頭を下げた。


 聖女の慈悲とやらの礼はしておくのが礼儀というものだろう。


 どうぞお幸せに。


 私は心の中で二人を祝福した。


 ヒロインと王子が結ばれることで王国は安泰。まさしくハッピーエンド。悪役令嬢は静かに舞台から去るのみ。


 周囲のざわめきを余所に、私は胸を張り、堂々と退場する。


 ああ、素晴らしい。私にとっての第二の人生の始まり! ……と、なれば、よかったのだけれど。



  ・  ・  ・



「……あまりに上手く行き過ぎると思ったら、夢だったのね」


 私は目覚めた。ベッドから身を起こせば、ケーニライヒ学校の寮にある自分の部屋だった。


「おはようございます、お嬢様」


 声をかけられた。私は小さく息をつく。


「おはよう、モニカ」


 私専属のメイドであるモニカは、カーテンを開けた。明るい日差しが差し込む。


「さて、おかしな質問をするけれど、私はいたって正常」

「……お嬢様?」

「モニカ、今日は何月の何日かしら?」


 私の問いに、またばきを何度かしたモニカだったが、すぐに頭を下げた。


「春月の七日にございます」

「……」

「新入生の入学日です」

「……ええ、そうね。ありがとう」


 そこまでは聞いていない。自然とこぼれるため息。……またループしたわ。

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