第4章 皇都陥落─前編─ 2

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 皇宮のある区域は、大きな門によって区切られていた。アキシュバルを囲むその他の城壁とは違い、高くは無いが、表面は大理石の化粧石で飾られ、皇宮への入り口の門は金で模様が描かれたラピスラズリのタイルで覆われており、鋭く伸びる朝日を浴びて煌々と透き通るような輝きを見る者に返す。


 門をくぐってからは、正方形に形作られた大きな広場が迎える。正面と左右には、それぞれ純白のイーワーン(ドームを半分に切ったような建築)で門が造られており、入り口の門も、振り返れば碧いイーワーンになっている。


 四方に壮麗なイーワーンをたたえる広場は回廊で囲まれており、幅は80アリフ(メートル)もあった。皇帝が閲兵する際や、様々な宮廷行事が行われる。奥にはアキシュバルの円城の中心とも言える、謁見の間の翡翠のドームがそびえ立ち、その大きさで皇宮へ立ち入る者を圧倒する。緩やかな丘陵の上に造られたアキシュバルの頂上にあるこのドームは、10ジグアリフ(キロメートル)離れた場所からも望む事が出来た。


 ダレイマーニは広場の中央にある道を通らずに、横の回廊へと入り、左のイーワーンをくぐり抜けて皇宮の中枢機能が集中する区域へと向かった。宰相処ラーシャイールである。


 慣れた足取りで宰相処の前へ行き、衛兵の誰何すいかに応えると、ベルマンの執務室へと行き、樫の戸を叩いた。


 ベルマンはちょうど出仕のために貴族区の邸宅から執務室へ着いた頃であった。


「その扉の叩き方、ダレイマーニだな?」


「なぜ判った?」


 ダレイマーニは入りながら問うた。


「おぬしくらいじゃて、そのように無粋に宰相の執務室の戸を強く叩くのは」


「ふん。室内なかの者が机で眠りこけて居たなら、起こしてやらんといけないではないか」


「陛下の寝所でもそのようにするのか?」


「馬鹿め。陛下なら足音で気づいておめなさるわ」


 ダレイマーニは古くからの友人といつものように他愛のない舌戦を挨拶がわりに交わすと、単刀直入に話し始めた。


「もう訊いておるかも知れぬが、南西貧困区の話じゃ」


 ベルマンは杉材の椅子に腰かけると、炭入れから赤らむゼカールを採り、暖炉に入れた。この季節、暦の上では月が11回満ち欠けた頃にあたる。昼間は少し陽光が暖かいくらいだが、この朝の冷えは、些か厳しかった。これから始まる冬の足音は、そこまで来ていた。


「ふむ。訊いておる」


 ダレイマーニが執務室へ来る少し前に、ベルマンも軍司処アールティーシャイールを通じて報告を受けていた。


「今は南西の警備兵が動いて吹聴している輩を捜しておるが、噂が何故か真実味を帯びておるのが、妙でな」


「げに。そやつが何を知っているかは知らぬが、要らぬことをしてくれた。これで敗報を公表する機を掴めなくなったのう」


 そう言ってベルマンはため息をついた。


「それもそうだが、敗報は諸侯にも伝わっておるであろうから、甚だ厄介じゃ」


 ダレイマーニが険しい顔つきで言う。


「わしが任じたお目付け役、皇帝の目サトラップが何も言って来ぬうちは、諸侯の動きを心配する事はないが、兵を集めて上ってくるような事があれば、アキシュバルには対するすべが無いからな」


 ベルマンもそれに付け加えた。


「アキシュバル周辺の州兵も、先日の迎撃軍編成の折に軒並み率いていったゆえ、今から徴募したところで、集まるのは老人くらいじゃろうな」


 ダレイマーニは渋い顔をしながら、髭を撫でて続ける。


「諸侯の動きを抜きにしても、キースヴァルトの軍がまだ問題じゃ。軍勢が力を保ったままだとすると、15万ほどであるから、籠城するには少なくとも3万は欲しいところじゃ」


「だがな、ダレイマーニ。糧食の問題もある。いざアキシュバルを包囲されるとなったら、援軍が来るまで持ちこたえるために、なるべく多くの兵糧を貯めておきたい。じゃが周辺都市から糧食を全て抜き取ってしまっては、他の都市は冬を越せぬ。それにアキシュバルは街道の要所じゃ。そこに敵が居座れば、遠方の都市からの物資も滞るゆえ、諸都市には余計に問題じゃ。諸都市が糧食を渋るのは目に見えておる」


「それに、距離で言うとキースヴァルトの方が先に皇都にたどり着くだろう。現状、諸侯が兵を起こさぬのは、諸侯領の近くに、予備の州兵を置いているからじゃ。じゃが、外縁の州兵を援軍にアキシュバルに動かせば、諸侯は確実に動くだろうから、呼ぶに呼べぬ」


 言い終わると、二人の議論は一旦の落ち着きを見せた。しばらくの間、大理石の部屋に静寂が訪れた。


 暖炉で燻る薪がパチパチと音を立てて燃えている。


「いや、ひとつ、手があるではないか」


 そう切り出したのはベルマンであった。







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