第8話 邑祭り -上月16歳-

 今年も裕観の邑には豊穣の季節が訪れた。

 黄や赤に染まる周囲の山々に囲まれて、黄金の輝きを蓄えた稲穂が、美しく誇らしげに頭を揺らす。

 季節は秋。

 邑祭りの季節である。


 邑の神社の巫女である上月は、小高い丘の上から邑を見下ろしていた。

 すらりと伸びた細身の美しい体躯。

 身に纏うのは純白の上衣と深紅の袴。

 風に揺られる衣は、まるで上月の身体を包む気のように、美麗にはためく。

 更夜を思い起こさせる塗れ羽色の艶やかな髪が、うねる波のように風にさらわれていた。

 透き通るほどに白い滑らかな肌には、筆で書いたような漆黒の形のよい眉、鳥の尾のようにすっと伸びた目、艶やかに朱をさしたように紅い唇が浮かんでいた。

 その胸のふくらみもまろやかな腰つきも、すでに女児のものではない。

 上月は今年の秋で十六になる。


(とうとう、この時がやってきたのだな……)


 一人、丘に立つ木に寄り添いながら上月は心中呟く。

 十六……。

 巫女として、大きなお役目のある刻。

 神との交わり。

 次代の巫女の受託。

 そして恐らくは自らの……死。

 先代も、先先代も、その更に昔から繰り返し行われる儀式。

 輝く風景に身を躍らせる邑人達を喜びつつも、上月の心は乱れていた。


 風が頬をなでる。

 その先を見つめながら、上月はふと懐かしい気持ちに襲われた。


「懐かしいな……。

 昔、まるで同じことがあったような気がする」


 幼い自分が邑の豊穣の様を見て廻る。

 もちろん、横にはあの五月蝿い省吾も一緒だ。

 省吾がふと自分を置いて離れる。

 そして……。


(そして真安がいた)


 頬にかかる髪をそっと掻き上げ、寂しそうに笑う上月。


「よそう、昔のことだ」


 あれから八年。

 あの男からは便りもない。

 邑の者もみな真安のことを忘れた。

 和尚であり、真安の父でもある明安も先月亡くなった。

 最早、真安の匂いを残すものはこの邑に何一つとして残ってはいないのだ。

 ただ、上月の胸の内にその影を落としたまま。


 風が髪をさらう。

 衣をゆらす。

 そして上月の心を乱す。

 そっと目を瞑り、上月は風に身をまかせた。


 風が心地よい。


 ふと、上月は普段感じない風に気がついた。

 己の……太腿あたりを抜ける風。

 上月の衣装は巫女装束である。

 上月は邑の女達と違って身を衣で隠す。

 肌を世にさらすなどもってのほか。

 つ、と目を開け視線を下げると……。


「なんだ、まだこんな色気のないモン履いてやがんのか。

 ……ほ~、この辺の肉付きはなかなか」


 不届きにも、上月の袴をたくしあげ、その中を物色している一人の男の姿。

 短髪・長身の身体を袈裟に包み、右手の錫杖で上月の袴をめくって左手で堂々とまさぐっている。

 調子に乗って尻にまで手を伸ばす真安の頭を、問答無用で上月は蹴り飛ばした。


 上月、十六歳。

 真安、十八歳。

 実に八年ぶりの再会であった。

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