第6話 望まぬ迎え


「やったか?!」


 寺の外、開け放しの本殿の向かいに乱立する木に身を忍ばせた真安は、己の狐火が2人の僧を直撃するのを見て取った。

 いつもの丈の短い着物の裾から泥だらけの脛を覗かせて、目を凝らす姿はいつもの悪タレ小僧。

 枝に手をつき、一気に下へ飛び降り、その反動を使って前方に鞠のように駆け出す。まるで栗鼠のような動きである。


「親父、どうだ?」


 本殿へ泥だらけの足のまま飛び乗り、目前の炎を指差してみる。


「失格」


 明安は座したまま言った。


「……このクソガキ」


 いつの間に背後にまわったのか、剛纂の低い声が真安の耳元で響いた。

 見れば、炎の中で燃えるは一枚の呪符のみ。

 ぎょっとして身体をそらし、右手を前に突き出して叫ぶ真安。


「憐火!」


「しゃらくさい!」

                        

 眼前に生み出された黄色い炎を、剛纂は避けもせず、素手で振り払った。

 火よりは温度の低い憐火だが、熱くないわけはない。

 はじかれた炎の玉は、本殿の前庭に落ち、弾けて消えた。

 その間にも、真安は後転の反動を利用して、飛びのき、立ちあがって腰に刺した短刀を抜いて身構えた。


「ふうっ!」


 顔の前に右手で逆手に短刀を構え、腰を落として威嚇する様は、まるで獣のようである。


「……見事な保身術ですが、もう少し人間らしい立ち居振舞いを教えたほうが良いのでは?」


 明安の隣に立ち観戦状態に入った風庵が言うが、明安はどこ吹く風である。

 しかし、その額に流れる一筋の汗を、大男は見逃さなかった。


「随分と舐めたマネしてくれるじゃねぇか…。

 え……? ガキが」


 左手を眼前に構え、バキバキと音を鳴らす剛纂。

 ひきつった笑顔が怖い。


「うるさいっ!

 何度も何度も親父を捕まえにきやがって!

 狐の何が悪いっ?!」


 構えを崩さずに叫ぶ真安に風庵が首をかしげる。


「何度も?」


「うむ。昔、ワシのもてるのに嫉妬した僧正がいてなぁ。

 ワシが鈴と小さいながらも楽しい我が家を築いているところへ難癖つけて刺客を送ってきたのよ。

 どうやらお山では握りつぶされているらしいがの。

 お陰で女房は逃げるし、子供は荒むし……」


「お袋が逃げたのはあんたの浮気のせいだろが!」


 うんうん、と涙ながらに語る明安にツッコミをいれる真安。

 そのスキを見逃す剛纂ではない。


 ほんの一瞬。

 ほんの瞬き一つの間に事は済んだ。     

 真安の視線がそれた瞬間、剛纂は音も立てずに跳んだ。

 そして、ひと跳びで真安の背後に廻りこみ、軸足の右から膝を本殿の床につき、両手を拳にして振りかぶり……。


「このっ!このっ! この~っ!!」


「いて! いて! いで~っ!!」


 真安の両のこめかみに拳をあててグリグリとねじった。

 ご丁寧に両膝はがっちりと真安の身体を縛り、びくともしない。

 あまりの痛みに落とした真安の刀を、ゆったりと近づいてきた風庵が拾う。

 なおもしつこく拳をねじりつづける剛纂。

 風庵の後ろから笑いながら近づいてきた明安が息子の顔を覗きこんだ。


「や~、すまんな、真安。

 どうやらいつもの"客"とは用件が違ったらしい」


「違うったって……いでっ!

 俺を連れて行くか、親父を連れて行くかの違いだけだろ!」


 眉間に皺を寄せながら文句を言う真安をぽい、と投げ出し剛纂はふ、と息をついた。


「話を聞いてたんなら、説明は楽だよな」


「そうだろうか?」


 相棒と目配せをする僧たちに、非難の目を向ける真安。


「なんだ、お前 以前から力が欲しいと言っていたではないか」


 親子の会話を続ける明安。


「力は欲しいさ。

 でもこの邑を離れなきゃならないなら、いらね」


 ぷいと横を向く真安に明安はにやりと嫌な笑いを漏らす。


「ははん。

 お前神社の娘に会えなくなるのが嫌なのだろう?」


「ば……!馬鹿いってんじゃねぇっ!」


 父に背中を向けたまま言う真安の言葉に、顔を見合わせる僧達。


「明安さま、その娘というのは……」


「ひょっとして、そこのガキより小せぇ巫女のことか?」


「上月を見たか……」


 そして3人で何やら車座になって話を始める。

 仲間はずれにされた形の真安は面白くない。

 さりとて振りかえって輪に入るのも癪だ。

 しかし、やはり好奇心が勝ったのか、真安が振りかえると、そこには3人の大人がこちらを向いて立っていた。


「なあ、ぼうず。お前あの巫女のことを助けたいと思わんか?」


 真面目な顔の剛纂。


「助ける?」


「そうだ。そしてお前に必要な力も同時に手に入れることができる」


 膝を屈して真安の目線にあわせて話す風庵。


「自分のことだ。

 よく話を聞いて自分で決めろ」


 最後に父親があらぬ方向を向いて独り言のように言った。

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