野球しようぜ!③(小学五年生)

 葵ちゃんに野球とソフトボールの違いを説明し終わってグラウンドに視線を戻すと、状況が様変わりしていた。


「あっ、次は瞳子ちゃんの番なんだね」


 葵ちゃんが「応援するぞー!」と試合に集中した横で、ちょうどベンチに帰ってきた佐藤に試合の流れを尋ねた。

 トップバッターの本郷はツーストライクと追い込まれながらも、見事なツーベースヒットを放っていた。続く二番バッターの佐藤がバントで送って、ワンアウト三塁という状況である。

 そして、本日三番バッターである瞳子ちゃんの出番だ。

 ランナー三塁というピンチにも、坂本くんからは焦った様子はない。さすが年上の貫禄か。お互いまだ小学生なんだけどね。

 だけど、瞳子ちゃんがただの美少女だと思ったら大間違いだ。俺は声援を送った。瞳子ちゃんが静かに頷く。


「ばっちこーい!」


 葵ちゃんも声援を送る。うん、それ応援じゃないからね。え? みんな言ってるでしょって? でもベンチからその声援はなかったよね。

 葵ちゃんには「がんばれ」とだけ教える。これならどの場面でも通用するだろう。

 瞳子ちゃんが打席に入って構える。バットを持つ彼女はかっこよくて、かわいかった。

 初球。坂本くんのボールを見送った。審判が腕を挙げる。


「ストライク!」


 キャッチャーの田中くんがボールを返し、瞳子ちゃんを見つめた。見惚れている……わけではなく、警戒しているようだ。

 さっきのは明らかに打ち気がなかった。打席での生きた球をしっかりと見た、といったところか。

 瞳子ちゃんのブルーアイズがマウンドに立つ坂本くんへと注がれる。あ、目を逸らした。坂本くん、本日初めての動揺である。野球とは関係ないけどな。

 改めて、坂本くんが投球モーションへと入った。

 一直線に伸びてくる速球。瞳子ちゃんは目を逸らさず真剣な眼差しのまま、バットを振りぬいた。

 小気味のいい音が響く。それからすぐに乾いた音が続いた。


「あー! 惜しいっ」


 ジャストミートした打球は、坂本くんのグラブの中に収まっていた。

 ピッチャーライナー。良い当たりをしたとしても、ノーバンで捕られてしまえばアウトである。ツーアウト。


「ごめんなさい。本郷をホームに返せなかったわ」

「あれは仕方ないって。ナイバッチだったよ。次は俺ががんばる番だね」


 結果を悔やむ瞳子ちゃんと入れ替わりで、今度は俺が打席に向かった。

 四番は俺、高木俊成である。

 本来なら本郷を置いておきたい打順だ。本人が一番がいいって言うなら、誰かがここで打たなきゃならない。

 ツーアウト、ランナー三塁。得点のチャンスであり、ここで凡退するようなら逆に相手側を勢いづかせてしまうかもしれない場面だ。

 チャンスとピンチの境目。まさに四番のプレッシャーってやつが俺の背に乗っかってくる。


「お願いします!」


 頭を下げて打席へと入る。

 マウンドに立つピッチャーを見据える。ベンチから目にするのとは違う威圧感がある。


「お前、真面目だな」

「え?」


 キャッチャーの田中くんに声をかけられる。今何かを言われるだなんて思ってもなかったからまじまじと見つめてしまう。


「こんな試合に『お願いします』って言って打席に入る奴がいたなんてな。驚いたぞ」

「ど、どうも?」


 よくわからんが、感心されたのだろうか。


「ほら、集中しろよ。投げてくるぞ」


 いやいや、君が話しかけるから集中が途切れたんでしょうが。ささやき戦術かよ。文句言いたい気持ちのまま、ピッチャーへと向かい合う。

 瞳子ちゃんを見習って、まずは見ることに徹した。自分のすぐ傍を通過するボールは迫力があった。


「ストライク!」


 やっぱり速い球だ。ボールを捕った音なんてズバンって聞こえる。

 それに、投げた球が「ボール」と宣告されない。すべてがストライクゾーンに入っているということか。コントロールも良いんだろうな。

 二球目。初球と似たような軌道だ。

 ランナーは三塁。大きいのは必要ない。スイングはコンパクトに、ミートヒッティングを意識する。

 力まず鋭くを意識したスイングの軌道は、向かってくるボールの軌道と重なった。

 確かな感触が手に残る。ぐんぐん伸びていく打球は左中間を破った。


「「「ナイバッチー!!」」」


 ベンチから歓喜の声が聞こえてくる。手に残った感触が、俺自身の成果を証明してくれる。込み上げる気持ちに逆らわず拳を握った。

 タイムリーツーベース。五年生チームに先制点の一点が入った。


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