隠然の聖女

第1話 青天の霹靂（１）

　私、ニコラ・フォン・シュリュンツが学園に入学して１ヵ月。

　ある日。

　自宅へ帰宅すると、館の前に豪華な馬車が止まっていた。

　　──何なんだろう？　我が家に不相応なこの馬車は？

　不思議に思いながらも馬車の横を通り過ぎ、自宅に入ろうとすると、ちょうど執事然とした身なりの中年男性と鉢合わせした。

　男性は、値踏みするような視線をちらりと向けると、そのまま馬車に乗り込み立ち去っていく。

　その態度に少し不安を覚えながらも自宅へ入ると、父母が興奮した表情で待ち構えていた。

「二コラ！　どういうことだ？　セーヴェリング伯爵家からおまえに結婚の申し込みの使者が来たのだが？」と、父が興奮気味に尋ねる。

「はいっ！？」

　不意に言われた”結婚”という言葉に、私は驚愕した。

　全く思い当たるところがない。何しろ私の人生はこれまで男性との恋愛経験はゼロなのだから……。

　セーヴェリング伯爵家……必死に記憶を探る……。

　そして隣のクラスのある男性に思い当たった。

「もしかして、レギナルト・フォン・セーヴェリング様ですか？」

「そうよ。こういうことはちゃんと報告してくれないと、私たちが恥をかいちゃうじゃない。いつの間にそんなことになったの？」と、母は当然の疑問を口にした。

「いえっ……あのう……そのう……ええっ！？」

　いろいろと思いを巡らせても、私は混乱するばかり……。

　そもそも、私とゼ―ヴェリング様は友人でも、ましてや恋人でもない。せいぜい二言三言会話をかわしたことがあるくらいだ。

　──それがなぜこんなことに？

　当惑する私に父が畳み掛ける。

「当然受けるのだろうな。騎士爵でしかない我が家にとっては、この上ない良縁だ」

「そ、それはそうなのですが……何かの間違いなのでは？」

「先ほど見えられた使者の方の話だと、二コラに一目惚れしたんですって。あなたは何も言われていないの？」

「ええ……」

　母からの質問にも、歯切れの悪い答えしかできない。

「あらまあ……」と言いながら、母は眉根を寄せている。

「そうか……本人をすっ飛ばしていきなり当主に話を持ってくるとは……大貴族様らしい強引なやり方ではあるが、だからといって断れまい」

　それから家族で話し合ったが、”結論はどう考えても断れない”という方向へ行きそうだ。

　しかし、返答は後日ということなので、とりあえず結論は先送りとなったのだった。