第4話

「で、どうしますかこの男達これ


 地面に転がる八つの体を見下ろし尋ねる。予定通り意識を失っているだけなので起きる前にどうにかしなければいけない。打撲や捻挫ぐらいはあるだろうから攻撃を仕掛けようがたかが知れているが。


「館を出る時に使用人を自警団のところへ走らせた。間もなく着くだろう」


 全員、積み上げておけば起きてもそう簡単に動けんだろ、とカエルムは冷淡だ。


「やっぱり、州長との繋がりと揉め事ですか」

「ああ。夜盗の雇い主は州長、雇い始めは任に就く前だ。長官の館の調度品の類にやたらと質のいい新品が目立った。特に州外からのな。さっきの監査書類、外と商取引をしている買入れ人の収益がえらく高額だっただろう」


 ロスは頷く。不審に思われたので、再確認をとるよう言い渡すことになっていた。


「監査書類の作成日は新任前、それから夜盗の害が減ったのは新任後、だが逆に捕獲策は新任後に著しく強化されている」


 町の住人家系には派閥がある。被害者側は州長の家柄とは折り合いが悪く、逆に調度品その他の購入元は、歴史的に見れば州長の家系とも結びつきが深い。物自体だけを欲したというより、敵対派閥の資産を減じて勢力の低下も狙ったのだろう。ところが州長官に任じられてしまったとあっては、そうそう下手な動きに出られなくなる。畢竟、怯えた州長が夜盗に見返りを払わぬまま、お払い箱にしようと画策したと考えられる。咎人の責を持つのは州長であり、捕まえた後に懐柔なり脅すなりして口封じをすることもできる。

 カエルムの説明はロスが何となく想像した経緯とほぼ同じだった。そうした不自然な点を考えながら州長の部屋に向かっていたカエルムは、廊下の途中でことの次第に気づき州長に問いただすと、夜盗を雇ったのは自分だと認めたという。


「こいつらが捕まった時点で州長が黒幕だと口を割ることは考えていなかったんですかね。こいつらの方では……娘さんと母親を盾に取ろうとしたってところでしょうか」

「間違いないな。いずれにせよ、中央か隣県か、しばらくはこの土地のしがらみと無縁の者を州長代理として遣るよう人選をする」


 事の次第が明らかになれば多少は気が晴れるものである。しかし悲しきかな、今はそれより大きな疑問が残っている。


「あの……殿下は何故、いま夜盗がこちらに向かっていると……?」

「そんなことは知るか」


 返答が常の調子とは違う。これはすなわち、覚悟を決めた方がいい。


「長官の部屋からロスが自警団の方とは別の道に行くのが見えた。ついでにこの者達のうち数人の影もな。一本道の行き着く先を考えればそこで大体の予想はつく」

「それで、殿下一人で追いかけて来たってわけですか? しかもそのままの格好でまた無茶な」

「黙れ」


 有無を言わせぬ語気にロスは硬直した。


「そういう自分はどうなんだ。相手が数人いることくらいはロスなら呼吸と同じぐらい自然に察知するはずだな?」


 その通りだった。少なくとも四人くらいは見積もっていた。正直に言えば、さらに多い可能性を考えなかったわけでもない。実際に多かったわけだが。


「わかっていて戻って私も呼ばず加勢も頼まずに一人で尾けて行った、と。いくら相当の腕を持つとしても、四方からあれだけの数に囲まれては不利もいいところだろう」


 声は冷え切っているのだが、燃え盛る青い炎が見えそうである。だがロスにも言い分はあった。


「しかしあそこで逃がすわけにはいかないでしょう。これも仕事のうちですし、むしろ殿下こそそんな大勢いるのが分かっていながら誰もつけずにいらっしゃるなど自分が守りきれなかった場合には」


 すると突然、それまで低く静かだったカエルムの声が空気を震わせた。


「だからと言ってロスが無事で済まなかったらどうする! 自分を守らせて国民の命を落とす王族などいる価値もない。逆だ。そこのところを二度と履き違えるな!」


 あまりの剣幕に二の句が告げずにいると、しばしののち、カエルムはやや顔を逸らし深く息を吸い込むと、「すまない」と呟いた。


「……取り乱した。だが、今後は向かう相手が危うかったらせめて私に言うか……できるだけ善後策を取ってくれ」


 このような主人を見るのはロスも仕えてこのかた、初めてのことだった。そもそも敵を前にしようが政治外交で瀬戸際に立たされようが動揺を見せない人間である。加えて言えば、いまのようにやや決まり悪そうにしているのも初めてだ。冷ややかな外交交渉はしても熱のある口論を起こさない人間なので、言い過ぎた、ということすら起こりようもない。


「それは、謝ります。今後はお言葉通り、無いように」


 目の前の人間が自分の感情に戸惑う様子を見ると、確かに彼は自分より三つ歳下なのだと実感された。心底、焦らせたのだろうと反省の気も起こる。

 ただ主君として立つ者らしく、切り替えも早い。次にロスの方を向くと、カエルムは先程の怒気など嘘のように普段と同じ冷静さを取り戻していた。


「ここの令嬢と母君は無関係と考えていい。恐らく今の騒ぎでかなり怯えていると思うのだが」


 気絶している男の脇を通り過ぎて家の玄関の方へ歩み寄ると、カエルムは扉をゆっくりと叩いた。


「失礼します。御令嬢、役所の者です。外の方はもう大丈夫ですから、一度ここを開けていただけないでしょうか」


 いきなり王子と言っては相手が驚く。困惑させぬよう計らって告げると、脇の窓の布が少し上下し、そのすぐ後で扉がそろそろと開かれた。隙間から半分ほど顔を覗かせたのはカエルムと同じ頃か少し下くらいの娘で、瞳には恐怖が浮かんでいる。


「祖母君のお加減はいかがですか。ご病気と伺っております。突然の騒ぎで驚かれ、お身体に支障ないと良いのですが。貴女も随分と怖い思いをなさったと思います」


 娘は怪しいものではないと扉を広く開けたものの、カエルムが優しく言葉をかけるのに対し、目の前の人物を瞬きもせず見上げている。


「少しお話を伺わなければならないのですけれども、まずは御二人を安全なところにお連れしますので、祖母君を呼んで……」


 カエルムの言葉は最後まで続かなかった。一言も発さずにいた娘の瞼がふっと閉じ、体が後ろに傾いだのだ。カエルムは即座に娘の背を抱き留めた。


「どうやら、彼女にとっては相当な恐怖だったらしいな」

「殿下、それ多分違うと思います」


 カエルムが同情を込めて言うが、ロスは思わず額を軽く押さえてやれやれと首を振った。

 娘がカエルムを見つめ続けるうちに瞳が潤み、頬がみる間に赤くなっていったのに気が付かないロスではない。

 今まで一体何人の女性が、この眉目秀麗な外見と貴人然とした挙措に我を忘れたか——その数がどれほどかは知れないが、少なくとも長年仕えた分だけ、大体は分かっているつもりである。


 ——被害者の数が自分の見積りより多くないといいのだが。








 その後、幸いなことに従者が単身踏み込んでいかなければならないような危険な事態は起こらず、二人の約束は守られている。

 この約束を違うことは恐らく、主が芯に据えたものを守らなけらばならないと思う自分の意にも反くのだろう。


 だが反面、平穏な日が続く中で思う。


 主が身を賭して向かうのを、自分が止めることも起きなければいい、と。







 *このお話は長編ファンタジー「シレア国シリーズ」のスピンオフです。

 https://kakuyomu.jp/users/Mican-Sakura/collections/16816452219399453347

 1〜3位を選んでいただく読者様人気投票を行った際に、一位の各得票数が最も多かった従者を主人公にしましたが……。

 この二人の関係が気になりましたら、本編(「天空の標」)も読んでいただけたら幸いです。


 改めまして、ロスに票をありがとうございました!

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