「服を脱いでください!」 服好きの月聖女はスキル【お着換え】を使い、魔王に汚染された世界でジョブチェンジしながら世界を浄化する

えくせる。

第1話 月聖女ククリル爆誕!

 チュンチュン……

 ぴよぴよ……


「おはよう、森の小鳥さんたち」


 窓辺にやってきた小鳥さんたちにご挨拶。

 窓から見上げた空にはゆったりと雲が流れていた。


「……ふぅ」


 ぱたん、と本を閉じる。

 小鳥さんたちはわたしへの挨拶を済ませると、いつものように大空高く舞い上がっていった。


「……はぁ」


 また溜め息をついてしまう。

 今日も一日がはじまる。

 月聖女としての、たいくつな一日が。


「…………」


 わたしは生まれてから一度も月教会の外へ出たことがない。

 なんでも月聖女というのはそういうものだそうで、だからわたしは外の世界のことをほとんど知らない。


そっと本を撫でる。

 この本、世界のファッションカタログだけがわたしの心をなぐさめてくれる。

 

 ――これをパパのベッドの下で見つけたとき、雷に打たれたみたいな衝撃がつらぬいた。

 世界中のいろんな種族、いろんな女性が、それはもう自由な姿でかがやいていた!


 ……ちょ、ちょっとだけ露出が多いような気もしたけれど、これだってきっと自由を表現しているんだ。

 だってわたしがこんな格好したら、パパはきっと倒れちゃう。

 この人たちは、自由を叫んでいるんだ!


 そう思ったらドキドキが止まらなくなって、気が付けばパンツの中に入れてこっそり部屋へ持ち帰っていた。

 それからというもの、わたしは毎日この本を読んでいる。


「…………はぁ」


 世界はこんなにもステキなお洋服であふれているのに、

 それなのに、わたしは……。 


 コンコン


「……ん?」


 窓の外で音がした。

 小鳥さんたちが戻ってきたのかな?


「は~い」


 開けると、

 

「どいてどいて~!」

「わっ!?」


 ゴロゴロゴロッ!

 人が飛び込んできた。


 ……えっ、人!?

 

「いたた……」


 女の子だ。

 腰帯に短剣を差している。

 ミニスカートを履いて、フードを目深にかぶっている。

 足元のちょっと深めのブーツがいい感じだ。

 

「…………」

 

 か、かわいい……。


「ふぅ~、あぶなかった。窓開けてくれて助かったよ、ありがと」

「あ、は、はい……」

「えっと、あなたはここの人? ちょっと騒がないで聞いてくれる? あたしは――」

「あ、あの! あの! あの!」

「うん?」

「そ、その服、脱いでもらえませんか!?」

「……へ?」


 女の子は目を丸くした。

 うん、この子もかわいい。

 

「ふ、服!? 服って、あ、あたしの着てる服!?」


 ブンブンうなずく。

 

「な、なんで?」

「わたし、お洋服が大好きなんです! そんなにかわいらしいお洋服、今まで見たことなかったから!」

「いや、べつにふつうの盗賊衣装だと思うけど……」

「わたし、お洋服ってこの一着しか持ってないんです……」


 立ち上がってシスター服を見せる。

 もう着飽きてしまったシスター服。


「そ、そういうことか。いや、さすがにシスターでも私服くらい持ってるんじゃないの?」

「ちがうんです。わたし、月の聖女だから……」

「…………」

「…………あの?」

「え~~~~~~~~っ!!!!????」


 突然大声を出されてビクッとしてしまう。

 

「あなた、月の聖女様なの!?」

「あ、は、はい……」

「すごい! すごいすごいすごい! 握手して握手!」

「わっ!?」


 女の子はわたしの手をつかんでブンブン振った。

 

「わ~! 月の聖女様ってこんなにかわいい子だったんだ~!」

「か、かわいい……」


 かわいいなんて、はじめて言われた……。

 それに、手もあたたかくてやわらかい……。

 

「どうしたの? 顔真っ赤だよ?」

「あ、ううん!」


 ああどうしよう。

 胸の高鳴りをおさえられない。

 

「じゃあククリル様だ!」

「さ、様なんてそんな……」

「じゃあクーちゃんだね!」

「クーちゃん」

「あたしはミミ。ミーちゃんでいいよ」

「クーちゃんに、ミーちゃん……」


 す、すごい……これってあだ名ってやつだ……。

 あだ名で呼ばれたら親友って聞いたことがある……。

 す、すごい……お友だちを通り越して親友ができちゃった!


「やば、つい興奮して大きな声出しちゃった」


 ミーちゃんはフードを目深に被り直した。


「ごめん、あたしもう行くね。助けてくれてありがと、クーちゃん!」

「ま、待って! 待って待って!」

「いたたっ!?」


 窓に足をかけたミーちゃんにしがみついて引きずり下ろした。


「いたいよクーちゃん!」 

「急がなくても大丈夫だよ。このフロアには防音の魔法がかけられてるんだ」

「そうなの?」

「うん。パパのいびきがうるさくて眠れないから」

「そ、そうなんだ……」

「見回りの人も来ないし、もうちょっとだけおしゃべりしよ?」

「それはいいけど……」


 ミーちゃんは少しいいにくそうに。

 

「自分で言うのもなんだけど、あたしのこと、怖くないの?」

「え?」

「だってほら、あたし、泥棒……なんだよ?」

「そんな、怖いなんて、そんなことない!」


 ミーちゃんの手をギュッとにぎった。


「こんなにかわいいのに、そんなことあるわけないよ!」

「クーちゃん……」

「ミーちゃん……」


 少しのあいだ見つめ合う。すごい、これが友情を深めるってことなのかな。


「それで、ミーちゃんはなにを盗みたかったの?」

「あ、えっとね、実は月の金色棒こんじきぼうなんだけど……」

「月の金色棒こんじきぼう?」

「あたしの村がヤミーに汚染されちゃって、月の金色棒こんじきぼうがあれば浄化できるかもって聞いて、それで」

「…………」


はて、月の金色棒こんじきぼう

 

「あ、もしかしてこの杖、ムーンライトスティックのこと?」

「ムーンライトスティック?」

「うん、月の金色棒こんじきぼうってロマンティックじゃないからそう呼んでるんだ」

「そ、そうなんだ……」

「そっか。ムーンライトスティックが欲しかったんだね」

「結局失敗しちゃったけどね」


 でもすごい。

 こんなところまで来られるなんて。


「ミーちゃん、今回はよかったけど、もうこんなことしちゃダメだよ?」

「クーちゃんの家だもんね。ごめんね」

「そうじゃなくて、いつもここには結界が張られてるの。この時間だけは小鳥さんたちがやってくるから解いてるけど、いつもだったら黒焦げになっちゃってたよ」

「え」


 わたしはクスクスと笑う。 

 盗賊って幸運だって聞いたことがあるし、これもそうなのかも。


「でもそっか、汚染されてるんだね……」

 

 少し考える。

 それくらいならわたしにもできそうかな?


「決めた! わたしがミーちゃんの村に行って浄化する!」

「え?」

「浄化、する!」

「いやいや、ヤミーを浄化するって大変なことなんだよ? いくらクーちゃんが月の聖女様でも無理だよ」

「でもほら、わたしムーンライトスティック、持ってるから」

 

 スティックを差し出して見せる。

 ミーちゃんは目をパチパチさせた。


「マ、マジか……」

「じゃ行こー!」

「ちょい待った!」

「わっ!」


 ミーちゃんが後ろからピョンと覆いかぶさってきた。


「わっ……わっ……ぐえっ!」


 ドスン、とふたりで倒れてしまった。


「いたた……」

「えへへ、さっきのお返し。ごめん、痛かった?」

「も~! ミーちゃん!」


 立ち上がってプンプンして見せる。

 でも実は全然怒ってなくて、緩むほほをおさえきれない。


「ね、クーちゃん、ここから出ちゃダメなんだよね? 気持ちはうれしいけど怒られちゃうでしょ?」

「でも……」

「助けてくれたのに、これ以上迷惑はかけられないよ。他になにか手はないか探してみるから。ありがとう」

「ミーちゃん……」


 だけど、それで困ってここに忍び込んじゃったくらいなんだ。


「…………」


 ……助けてあげたい。

 はじめてのお友だち……ううん、親友なんだもん!


「いいの、ミーちゃんを助けたいの!」

「ええ?」

「パパなんてどうでもいいの!」


 このくらいのわがまま、いいよね。


「ほんとにほんと?」

「うん!」

「じゃあ……お願いしちゃってもいい?」

「うん!」

「じゃ、お願いします!」

「やった!」

「どうしてクーちゃんがよろこぶの?」

「えへへ」

「このこのー」

「きゃー」


 た、楽しい……。


「さて、じゃあ行こうか。ほらクーちゃん、お姫様だっこしてあげるから」

「ほえ?」

「ここ2階でしょ? 窓から飛び降りるから」

「あ、でも……」


 わたしは窓を開けて確認する。

 目の前に、うっすらと結界が見えた。


「やっぱり……」

「どしたの?」

「もう朝の時間もおしまいだから、結界張られちゃった」

「もしかして、外に出られない?」


 うなずくと、ミーちゃんがガーンとなった。


「でも大丈夫!」


 むん! と窓の前、スティックを両手に持って構える。



「わたしがあんなの吹き飛ばしちゃうから!」

「できるの?」

「たぶん……」

「たぶん?」

「実は、月魔法のお勉強はしてるんだけど使ったことはないんだ」


 だけど、できる。

 できるはず。

 できると、思える!


「む~ん……」


 目を閉じて集中する。

 

「うにゅ~……!」


 更に集中する。


 パアアアアアアッ……


「わっ!? スティックが金色に光ってる!」


 体が火照ってスティックに力が集まっているのを感じる。

 これなら、やれる!


 スティックを掲げて……


「月の女神よ! わたしを導いて! ――ホーリー!」


 力いっぱい振り下ろす!


「…………」

「…………あれ?」


 うんともすんともいわない。

 スティックをブンブン振ってみても反応なし。


「……失敗しちゃった?」

「手応えはあったんだけどなぁ……? お~い、もしも~し。入ってますか~? コンコン」


 シュバッ!


「……へ?」


 スティックの先からなにかが飛び出して前髪がハラハラと落ちた。

 前を見ると――


「え、えっと……」


 壁と、目の前のおっきな山が欠けていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「クーちゃん!」

「はひっ!?」

「すごい! すごいすごいすごい!」


 ミーちゃんはわたしの手を握ってピョンピョン跳ねた。


「こんなすごい魔法はじめて見たよ! これなら魔王だって倒せちゃうんじゃない!?」

「そ、そんな、魔王は無理なんじゃないかなぁ?」

「でも月魔法を使えるのはクーちゃんだけなんだよ!? きっと魔王だって倒せちゃうよ!」

「そ、そうかな?」

「そうだよ!」

「そっかぁ……」


 でも、魔王を倒しにいくなら長い旅になる。

 さすがにそれは許してもらえないかな?


 ジリリリリリリリ!


「あ、やば!」

「わっ!?」


 ミーちゃんがわたしをお姫さま抱っこした。


「行くよクーちゃん!」

「うん!」


 ミーちゃんはわたしを抱えたまま、2階からジャンプ!

 空高くに小鳥さんたちが飛んでいるのが見えた。

 わたしの胸はもうすっごくドキドキして、心臓が口から飛び出しちゃいそうだ。


 ああ、まさか自分の人生にこんなことが起きるなんて……。


「ねえミーちゃん」

「ん?」

「わたし、すっごく楽しい!」

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