第23話 古い絵画

 それからしばらくして、男性からの誘いに簡単に乗っていいのかと自問しつつキリアンに空いてる日を記した手紙を送ると、すぐに返事が届いた。


 しかし届いたのは手紙ではなく紙でできた蝶だった。朝部屋の窓を開けるとヒラヒラと入ってくるそれは、私の周りを付いて回る。脚には淡いパープルのリボンが巻かれており、キリアンの名前が記されていた。どうやらそれを解くと音声が再生される仕組みらしいので、できるだけ1人の時に解くのがおすすめだ。

 早速ユリカは独りになれる場所を探して、リボンを解く。すると蝶はフワッと宙に浮いてその場に留まり、ぼうっと淡く光り始めた。



 「ユリカ、突然すまない。キリアン・ラステリックだ。手紙ではギリギリになると思ってこの方法にさせてもらった。明後日は休みで間違いないよね?そしたらブランの鐘が鳴る頃迎えに行くので校門まで来て欲しい。繰り返す、明後日ブランの鐘が鳴る頃迎えに行くね。問題なければ校門に来て欲しい。以上、燃えるから気を付けて。」



 流れてきたのはキリアンの声そのものだった。紙の蝶は用を終えるとその場で燃え尽きてなくなる。

 …なんていうか、貴族は皆そうなのだろうか。都合空いている日を教えると、直近を指定してくるのを最近味わったばかりな気がする。







 2日後、ユリカはお貴族様を待たせる訳にはいなかいと朝早くから支度してから校門へ向かう。言われた時間より早かったかなと思いつつ来たが、どうやら私の判断は正解だったようだ。

 校門の側の馬車乗り場には無駄にも思えるキラキラを放ち人々の注目を集める人物、キリアンが既に待っていた。



 ──うわぁ、近づきたくない。



 私も身綺麗にして来たつもりだったのだが、キリアンは……美しかった。

 前回会った時はお忍びだったせいかどこかの商家の跡継ぎくらいに見えたが、今回は貴族モードのスイッチが全力で押されていた。フリルのきいた襟に袖元、意匠の凝った金の留め具、宝石をふんだんにあしらった素敵ブローチ、生地の良い紺のトラウザーズに隅々まで磨かれた靴。キリアンはその長い脚と体躯で見事に着こなしていた。むしろこんな服装着こなせる人いるんだ、というのが正直な感想だ。

 つい遠目で見ていると、こちらに気付いたキリアンは手入れの行き届いた垂れた髪を耳にかけながら笑顔で歩いてくる。



 「お待たせしてしまいすみません。」


 「いや、僕が早く着きすぎただけだ。まだ少し早いくらいだけど、もう出発しようか。」



 爽やかにエスコートしてきたキリアンの手を取り、周りからの何でお前がというような視線に半分あきらめつつ馬車に乗り込む。自分の笑顔がこわばっていないか心配だ。


 しばらくすると馬車の揺れがおさまり、またキリアンに優雅にエスコートされる。

 連れてこられたのは古い石造りの建物のようで、そのまま手を引かれ中の一室へ来た。



 「それで、ここはどこでしょうか?」


 「僕の職場。研究室って言った方が良いかな。」


 「研究室?」


 「あぁ、ちょっと見て欲しい資料があるんだ。いろいろ聞きたいこともあるしね。」



 そういえばこの人学者って言っていたような気がする。

 部屋の壁は本で埋め尽くされた本棚でいっぱい。大きくて作業しやすい机には、資料が山のように積まれていて結局作業スペースは狭くなってしまっていた。勿体無い。



 「女性を招くって言うのに散らかっていてごめんね。そこのソファにどうぞ、お茶淹れるね。」


 「すみません、ありがとうございます。」



 身分的に自分が給仕するべきなのだろうが、一応客として招かれてるようだし物の場所も分からないので動くことも出来ずじっとしていることにした。

 勧められたソファはふかふかで非常に座り心地が良く、確かに机の上は散らかっているもののソファ周りは来賓用なのか綺麗に片付いていた。


 高級そうなカップに注がれた紅茶を飲みつつ、キリアンの話を聞く。

 最初は以前の話の続きのような物語の考察についてだったが、途中資料を見て欲しいとキリアンは立ち上がる。

 「これなんだが…」そう言われ見せられた資料は、姫と勇者が魔王を倒した瞬間の絵画だった。その絵画はかなり昔に描かれたようで、至る所が剥がれ落ちてボロボロだ。

 絵本にも出てくるようなシーンの絵なので今まであまり大事にされていなかったようだが、キリアンが入手してからは保存魔法を定期的にかけているそうだ。



 「ここを見て欲しい。勇者が魔王に向けて剣を掲げ立ち向かっているところだが、右手は肌色なのに左腕は真っ黒なんだ。」


 「本当ですね。右手は甲しか見えませんけど、腕は肌色なんでしょうか。」


 「私もそこが気になった。そんな時絵に詳しい友人に、絵画なら染料を調べてみたらどうだと言われたんだ。そしたら、黒い染料の上に服に使われている染料が重ねてあることがわかった。左腕は最初から黒くするつもりで描かれたものだということを示してるに違いない。」


 「つまり、この時勇者の肌は黒かった?あ、もしかして…すでに勇者は呪いを受けていたということでしょうか。」


 「察しが早くて助かるね。そうだと私も踏んでいる。この絵の構図からして、おそらく共に魔王討伐に行った者の視点だろう。殆どの絵は遠くから描かれているんだ、だから私はこの絵がとても気になって調べることにしたんだ。」



 キリアンの考察では、世間で知られてる様に魔王を討伐した後に姫によって呪いを解かれるのではなく、討伐中に呪いを受けて壊滅的だったところに姫が何かしたのではないかというものだった。

 何かって何だろうか。



 「それで、今日君を呼び出してまで見に来て欲しかった本題なんだけど…」

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