第3話 JCポエマー


「お菓子買いすぎちゃったかなぁ……ナツ、大丈夫?」


「だ、大丈夫大丈夫……」


 これくらい、大した荷物じゃないのに……

 まるで鉛が入っているんじゃないかって位に重たい。


 子供と大人の違い。


 男と女の違い。


「一緒に食べるんだから半分持つよ。ナツ、貸しなさい」


 半ば強制的に荷物を取られ、ハナの家へと向かう。


「ほら、あそこ!! あの赤い屋根が私のお家だよ!!」


 長い坂道を登った先に見える大きな家。

 赤い屋根の○きなお家……

 

「広っ……」


「私とママの二人暮しだからちょっと広すぎちゃうんだけどね。それにママは出張で殆どこの家にいないから……私はいつも一人」


「……じゃあ今日は二人だ」


「うん!! ナツ、早く早く」


 この急な上り坂を、ハナは軽やかに走り抜けた。

 門の前でハナは笑顔で手を振っている。


「ハァハァ……やっとついた」


 ハナはこの坂を毎日登ってるのか……

 っていうかこの体が体力なさ過ぎる。

 ナツちゃん、健康そうだったけどな……


「ナツ、大丈夫……?」


「ち、ちょっと休憩…………」


「庭にベンチがあるから。こっちだよ」


 荷物を木陰に置いて、優しく手を引かれる。

 こんなよく分からない状況だからか、優しくされると弱気になってしまう。


「ハァハァ……情けないよね、ごめん……」


「……ちょっと待ってて!!」


 そう言うと、ハナはコンビニの袋からアイスを取り出した。

 2つに割れるタイプのコーヒー味。


「はい、どうぞ♪」


 少し溶けかけている。

 今日もこの地域は真夏日らしい。


「んー♪ 美味しいね、ナツ」


「うん、美味しい。生き返るよ」


「ふふっ、不思議だね」


「何が?」


「アイス半分になっちゃったのに……半分にするとこんなに美味しくなるんだもん。不思議……」


 マジマジとアイスを見つめるハナ。

 その横顔に、胸の奥が疼く。

 

「……二人で食べるから美味しいんだよ、きっと」


「そっか……ふふっ、そうだね♪」


 ハナは足をパタつかせ嬉しそうに微笑んだ。

 高台に位置するこの屋敷は風通しが良く、流れる風が心地良い。


 今朝、俺の事をスマホで調べた。

 SNSで検索に引っ掛かって、どうやら隣の県に住んでいるらしい。

 昨日も更新されていたので、元気でやっているのだろう。


 なんとなく理解した。

 この世界は……


「ナツ、横顔が素敵だね」


「……えっ?」


「色々と考えてたと思うんだけど、大人びてるっていうか……その……」


「その?」


「ふふっ、カッコよかった」


「ありがと……」


 この身体だからそう思ってもらえたのだろうか。

 夏ちゃん、俺はどうすれば……


「ナツ、私の部屋に行こ? 案内するよ!!」


 ◇  ◇  ◇


 広いリビングにレンガの暖炉。

 見上げれば吹き抜けの天井にシーリングファンが回っている。

 正面には二手に分かれるお洒落な階段。


「可愛いお家だよね、私気に入ってるんだ。冷蔵庫こっちだよ」


 この広い家に一人でいるのは寂しいよな。


「ナツー!! こっちが私の部屋だよ!!」


 ハナは走って2階に登っていった。

 学校にいる時よりテンションが高い。


「ここ、私の部屋。私とママ以外、ナツが初めてのお客さんだよ。言ってて寂しいけど、でも……ナツが初めてで良かった」


「ハナ……」


 この言い方で違う意味を想像した俺は、天国にはいけないタイプの人間だろう。

 

「ベッドがソファー代わりなの、ナツもおいで」


 ……地獄にも行けないや。


「ナツが私の部屋にいる……ふふっ、不思議だけど嬉しい」


 女の子の部屋なんてなかなか用が無かったから、ついキョロキョロしてしまう。

 夏ちゃんの部屋とはまた違った感じだ。


 壁にはアコースティックギターが掛けられている。

 ハナも弾くのかな?


「私最近ギター始めたの。寂しさを紛らわす為っていうのもあるんだけどね」


「……ちょっと弾いていい?」


「えっ? うん……ナツ弾けるの?」


「うーん、多分」


 こう見えて若かりし頃はプロのミュージシャンを目指していた。

 ……こう見ると今の方が若かりしなんだけど。


 〜♪

  

「うん、チューニングは合ってる。ハナ、どんな歌が好き?」


「昔の曲なんだけど──って知ってる?」


 俺世代ドンピシャの曲。

 そんなに古くないけど、俺は昔の人間なのかな……


「いいよ、聞いてて?」


 俺が得意だったフィンガースタイルでのソロギター。

 伴奏からメロディまで全てこなせるから、弾いてても聞いてても様になる。


 指の大きさだったり固さだったり、全然違うけどそこは根性でカバーする。

 それでも関節がよく動いているから、夏ちゃんはピアノでもやっていたのだろう。


 弾き終わるとハナが拍手をしてくれた。


「すごーい!! ナツすごいよ!! プロみたい……」


「いやー……お粗末様です」


「記憶が無くても覚えてるんだね」


 あ、そうだよな。

 ドウシヨウ……


「体が覚えてるっていうか……もしかしたら、私は私じゃないのかもしれないね。違う誰かがこの体で目が覚めたような」


「……それでもナツはナツだよ。もし色々と思い出したら私の事は忘れちゃうのかな……」


 ハナが抱きついてくる。

 落ち着け、明鏡止水の一滴。

 当方は紅く萌えている。


「ハナ、大丈夫だよ。何があっても忘れないよ? 友達なんだから」


「うん……」


「よしよし」


 ハナの頭を優しく撫でてあげる。

 今は俺も女だ。

 これくらいはしてもいいだろう。


「……ナツ、もうちょっとこのままでいてもいい?」


「うん、いいよ。一緒にいるからね」


「ナツ……」


 女の子ってなんでこんなにいい匂いがするんだろう。

 昨日はあまり寝れなかったせいか。

 ベッドの心地よさと、ハナの心地よさと。

 いつもよりテンポの速い鼓動の理由は、分からないふりをして。

 

 JCとは実にポエマーである。

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