殺し(部)屋③

 眠れなかったせいか、ほとんど動いていないせいかわからない。FOXの食欲は消え失せ、朝食はほとんど食べられなかった。コーヒーだけを飲み、四○七号室へと戻る。


 正直、あまり戻りたくはない。あの部屋は「曰く付きの部屋」なのだから。


 昨夜現れた影のことが気になり、FOXは「怪奇町のネバーホテル四○七号室」についてスマホで調べてみた。日本語の記事しかなく、自動翻訳機を使いながら読んだので細部までは正確に理解できていない。しかし、大まかにあの部屋で何があったかを知ることはできた。


 十七年前、ネバーホテル四○七号室にて「カナ・ヤジマ」という日本人女性の遺体が見つかった。当時二十一歳の大学生。ベッドの上に仰向けの状態で発見。首にロープで絞められたような痕があったことから、警察は殺人事件と断定した。被害者の交友関係に問題点は見当たらず。捜査を進めていたが、犯人の痕跡が見つからないまま二年前に時効を迎えた。カナ・ヤジマの両親は自殺。地元である宮城県内の山中で首吊り死体が見つかった。


 昨夜FOXを襲った影の正体は、このカナ・ヤジマだろう。四○七号室に宿泊した者をあの世へと引きずり込んでいるのかもしれない。


 FOXは、自室の窓際に立った。強い日の光が差し込み、FOXの顔から膝下までを照らす。窓には引っ掻き傷が残っている。上下に伸びた白く歪な線。数百本はあるだろうか。昨夜の影がつけた傷。カナ・ヤジマの恨みの強さを象徴しているように思えた。


 気づけば、今日が休暇の最終日。しっかり休むはずが、一層疲れが溜まってしまった。それに今夜も、カナ・ヤジマが襲撃してくるかもしれない。


 FOXは幽霊を信じるタイプではなかったが、現に昨日は正体不明の影に襲われた。対策を練らなければ、命の危険もありうる。今夜は寝ずに臨戦態勢で迎えなければならない。FOXはベッドで仮眠を取ることにした。


 窓から離れようとしたFOXの背後から、口元に髪の毛が何重にも絡まった。両手が胴体に密着したまま縛られ、まるで蜘蛛が獲物を糸で絡み獲るかのように髪の毛でぐるぐる巻にされていく。


 完全に油断していた。これまで夜に襲われていたから、明るい時間帯は安全だと思っていた。昨日までの襲撃はブラフ。三日目の日中に本命の攻撃を成功させるため、油断を作り出したのか。


 FOXは何も抵抗できず、叫び声も上げられないまま床に倒れる。勢いよく髪の毛が引っ張られ、FOXは床を滑りながらバスルームの中へと消えていった。

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