北怪奇公園テニスコート

北怪奇公園テニスコート①

 北怪奇公園は、県内でも指折りの広大な敷地面積を誇る。外周は約三キロのランニングコースとなっており、園内には様々なアスレチックが設置されている。


 その一角にテニスコートが五面ある。キレイに整備されたオムニコートで、平日、休日問わず多くのテニスプレーヤーに利用されている。特に目立つのが、年配のプレーヤーたちと小学生向けのテニススクール。年は離れているが、ベテランプレーヤーたちはまるで自分の孫のように小学生たちと接し、テニスコートでは心温まる交流が生まれていた。


 もちろん、全員が当てはまるわけではない。交流を掻き乱す者もいる。


「さっさと片付けろガキども!俺たちの時間だ!片付けたら出て行け!」


 日が沈み始めたころ、老爺の声がコートに響く。今年で六十八歳になる大松だいまつという男。いつも同年代の男女六人組でコートを使っている。粗暴は悪く、他の客からの評判も最悪。その態度は相手が子供であっても容赦なく、何人かの子は頭を叩かれたり、足を引っかけられたりしたそうだ。かつてはそれが「教育」という言葉で片付けられていたかもしれないが、今の時代は単なる「暴力」に過ぎない。


「お前らみたいなボンクラコーチが適当に教えてるからノロマなガキしか育たねーんだろうがよ!こんなウスノロ小僧どもにまともなテニスなんかできるわけねーだろ!このヘボコーチが!」


 大松の怒号は、小学生たちを指導していた若い男女のコーチにも向けられた。男性のコーチは子供たちに荷物をまとめるよう指示すると、急いで更衣室の中に入るよう誘導した。


 怒鳴り続ける大松の後ろで、取り巻きの老人たちはブツブツ何か言いながらニヤリと笑っている。「してやったり」という気持ちなのだろう。


「何なんですかあのジジイ!ムカつくんですけど!子供たち、何も悪いことしてないじゃないですか!しかも私たちまで何であんなこと言われないといけないの!」


 コートの外で、女性コーチが男性コーチに向かって愚痴をこぼす。


「いつもああなんだよ、あの人たち。不定期にやってくるから、対策のしようもなくてね。とりあえず関わらないようにしてる。子供たちには本当に申し訳ないんだけど……」


 男性コーチも迷惑そうな表情を浮かべながら話す。さっきまで使っていたコートでは大松たちが練習を始めていた。本来ならあと10分は子供たちが使えていたはずなのに。


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 1時間ほどラリーをして、大松たちはコートのそばに設置されたベンチで休憩していた。「残り1時間はダブルスをしよう。ペア分けはどうしようか?」などと話していた矢先、ギギギ……とコートの後ろにある金網のドアが開く音がした。


 大松たちが音のする方へ目をやると、一人の少年が立っていた。年齢は10歳前後の男の子。白い帽子を深く被っていて、顔が見えない。上下黒のテニスウェアを着て、かなり古いタイプのラケットを持っていた。


 少年はコートの中を歩き、大松の目の前に立った。


「何だ?さっきのテニススクールのガキか?まだ帰ってなかったのかよ。お前たちの時間は終わってんだよ!さっさと出て行け!」


 少年は顔を見せないまま、無言でコートの方を指さした。


「大松さん、この子あれじゃない?大松さんと試合したいんじゃない?」


 取り巻きの男性がおどけた調子で言う。


「……なんだよ、そういうことか。いいぞお坊ちゃん。ただし本気でやるからな。負けても泣くなよ。」


 大松はラケットを持ってベンチから立ち上がった。


「ダメよ大松さん、子供相手に本気出しちゃ。」


「そうですよ!だって大松さん、高校の頃インターハイ出てるんでしょ?こんな子供じゃ、1ポイントも取れるわけないでしょ!」


「オイオイみんな、このお坊ちゃんに失礼とは思わないのか?手を抜かれるってのはプライドが傷つくだろう?この大松、相手が子供だろうが手を抜くつもりは一切ない。」


「ひどいことするなぁ大松さん。」


 大松と少年がコートに入る。


「ワンセット、セルフジャッジでいいな!六ゲームずつ取ったらタイブレークだ!」


 大松が少年に大声で話しかける。少年は黙ったまま頷いた。

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