刑場の井戸②

「今日からみんなと一緒に勉強する、松山 奏くんです。東京から来て、怪奇町での生活は初めてだそうだから、みんな色々教えてあげてくれるかな。」


 担任で、日本史担当の森野もりの先生が奏をクラスメイトたちに紹介した。白髪混じりの初老の男性で、黒縁メガネをかけた物静かそうな先生だ。


 今日から、新しい中学での生活が始まる。校舎の作りも違うし、知っている人は誰もいない。本当に環境が一変してしまったのだと、奏の不安と緊張は一層強まった。


「東京から来たの?奏って名前もかっこいいよなぁ〜!シティボーイっやつ?俺、東京行ったことないから、どんなとこか聞かせてくよ!」


 4時間目の数学が終わり、最初に話しかけてきたのが志村 隆しむら たかし。角刈りっぽい髪型で、猿顔の小柄な男子だ。性格は明るく、クラスのムードメーカー的な役割を担っている。慣れない環境では、こうやって積極的に話しかけてくれる彼のような存在はありがたい。


「ちょっと志村!松山くんが困ってる!教えてもらうんじゃなくて、私たちが町のことを教えるの!」


 奏の隣の席の相沢 真由子あいざわ まゆこ。黒髪ポニーテールにメガネの、真面目そうな女子だ。真由子は学級委員長をやっている。


「そりゃそうだけどよぉ〜、ちょっとくらい知りたいじゃん?東京のこと。相沢だって知りたいだろ?芸能人はいるの?とかさ。」


「確かに……山Pとか歩いてるのかなって気になるけど……松山くんに色々教えてって先生言ってたから。」


「クソ真面目だなぁ。先生の言うことだけを守る必要なんてねーよ、ロボットじゃないんだしさぁ。もちろん、松山くんの質問には答えるつもりだよ。なんでも聞いてくれ!松山くん。」


「そうそう、わからないことがあったら何でも聞いて。私たちのわかる範囲で答えるから。」


 正反対なタイプの2人だが、彼らなりに奏のことを気遣ってくれているようだ。何でも聞いていいと言う二人に、奏は気になっていることを質問してみた。


「怪奇神社ってあるでしょ?あそこから不思議な甘い匂いがするんだけど……何か知らない?」


二人が一瞬にして沈黙した。目が点になるというのは、こういうことを言うのだろう。


「怪奇神社は知ってっけど、匂いってのは知らんなぁ……昨日も神社の前を通ったけど、そんな匂いしなかったと思う。」


「私もわからない……お祭がやってる時なら綿菓子やチョコバナナの匂いがするけど、祭は先月終わってるし……」


「じゃあ、神社にある井戸は?あそこから匂いがするみたいなんだよね。」


「なおさら知らん。ただの井戸だろ?」


 父と同じく、二人も匂いを感じていないし、神社や井戸についても知らないとのこと。他のクラスメイトに聞いても、同じような反応だった。


 やはり自分の鼻がおかしいのだろうか、と奏は疑った。怪奇町に入った日から、今もずっとあの匂いが続いている。学校にいても同じだ。


 5時間目と6時間目の授業は、匂いのことが気になりすぎて内容が頭に全く入ってこなかった。

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