第一章【登録者300人のバ老肉美少女】

#1 本末転倒だろ、お前

「ん、あれ……ここ、どこだ?」


 目が覚めた。布団だった。いや、待て。俺は布団に入った覚えはない。


 確か、隣の部屋のおっさん系がやかましくて、文句を言いに行って、美少女が出てきて、失神?


「あ、起きました! 良かった、死んじゃったかと思いましたよ!」

「ほぼ死にかけてたけどね」


 存外、状況を飲み込めている。周りには可愛らしいぬいぐるみ。


 思うにこれは、この子の……えーっと……泊魔出酒剛の部屋なのだろう。

 となると、今俺が寝ているのは……。


「あーいてぇ! 背中が痛くて仰向けで寝られないやぁ!」


 反転。顔面を埋める。

 その後に大きく深呼吸。あぁ、癒やされる……いつもハゲ散らかしたおっさんが間近でガミガミ言ってくるせいで、感知する香りは加齢臭とポマードに限定されていたからな。


「背中、ですか? もし良ければ、マッサージでも……」

「あぁ、いや。それは大丈夫だ。で、だ。君は一体何者っていうか今何時?」


 身体を起こしながら、そう言った。言いながら、外の明るさに気が付いた。

 俺、いつも家を出る時は日が昇っていないんだけどな。さて今日はカンカン照りだ。こりゃ部長もカンカンだろうな。


「ぶあっはっは!」

「ど、どうしたんですか? あ、あと、今は十一時です。午前の」


 あ、なるほど。


 じゃあ俺死んだじゃん。無断遅刻じゃん。そもそも前もって伝えておく遅刻はもうわざとだろうけど。


「なるほど。目覚ましがないから起きられなかったのか。あれ、なんか身体軽いな。昨日俺、何時頃に寝た?」


 そんな質問に、彼女は「うーん」と小首を傾げながら、顎に指を当てて考える。


「十一時とかだったと。玄関先で寝ちゃうから大変だったんですよ」


 十二時間くらい寝たのか。いつもの四倍だ。そりゃ肩も身体も軽くなるだろうよ。


「あ、運んでくれたのか。なんかごめん」

「いえ! そもそも私が悪かったので……」

「……まぁ。で、そのなんだ、君はVTuberなのかい?」


 単刀直入。


 彼女は、腹に刀をぶっ刺されたような表情を浮かべた。


「VTuberを知ってるんですか!?」


 随分と、嬉しそうに、にまにまと笑みを浮かべながら言った。両手を床について前のめりになっている。


「もう少し上半身を下げたら答えてあげる」

「こう……ですか?」


 oh……女豹……。グレートだ。


「写真、撮っていい?」

「いいわけないじゃないですかこの変態!」


 ぶん殴られた。平手とかじゃない。グーだ。グーパン。じゃあ最初からやるなよ。


「で、VTuberを知っているんですか?」


 閑話休題。


「まぁ、知ってるよ。仕事柄そういう流行には目敏いから」

「へぇ、どんなお仕事なんですか?」

「ま、有り体に言えばマネジメント系かな。その会社に絶賛大遅刻中なんだけどさ」


 もはや焦りすら感じない。スマホを自分の部屋に置いてきて良かった。そのまま俺の部屋だけ消えて無くなれば良いのに。


「いや、そんなことよりだよ。あのおっさん声は君が出しているのか?」

「あ、私は早乙女雅さおとめみやびです。自己紹介が遅くなってすみません」

「あぁ、いや。俺は黒務社だ」

「よろしくです。クロムさん。それと、あの声は一応私の声ですよ」


 なんかイントネーションが外国人っぽいけど、まぁいいか。なんか響きがカッコいいや。クロムだってクロム。美少女が俺の名前呼んでら。


「あぁ、ボイスチェンジャー的な?」

「いえ、一応喉から」

「いやいや、まさかそんな――」

「三杯メェー!」

「うわぁやめろ! 頭がおかしくなる!」


 酒樽片手に走り去る羊の大群が脳裏に浮かぶ。

 なんで羊が二足歩行してんだよ。知らねぇよ。


「まぁ、君が所謂両声類だってことはわかった。でもね、一つ分からないことがあるんだ」

「なんです?」


 ……コイツ、俺が抱えている疑問に気が付いていないのか……?


「いや、普通にさ、なんでおっさん系なの? いや、マジで」


 てんで意味が分からない。今話した感じ、声も可愛らしいし、なんとなく守ってあげたくなる感が大量に分泌されている。

 だとすればその路線でいけばいいのに、なぜおっさん! どうして! どうしておっさんなんだ!


「その、美少女VTuberとか、もうありふれてるなって思って。ならおっさんしかないじゃん! って思っちゃって」


 おっさん以外にもあんじゃん……。


「まぁ、それは分かった。つまり君は、奇をてらっておっさん系をやっているってことだね?」

「そうです! 戦略です! ストラテジーです! まさにプライオリティ!」


 最後のは意味が全く関係ない。優先順位だ、それは。


「それで言ったら君のキャラクター選びのプライオリティに問題があるよね」

「そうですか?」

「そうだろうよ。で、何人いんの」

「へ?」


 雅は、頭にはてなをいくつか浮かべている。


「登録者数」


 それ以外にVTuberを測る数字があるかよ。あ、ツビッターのフォロワーとかか。


「えと……その……さんびゃく……」

「300!? 300万人もいるのか!? おっさんで!? おっさんなのに!?」

「あ、えっと、300……人です……300人……」

「だろうな! おっさんだからだよ! おっさんだもん!」


 手のひら大回転である。


 つーか300って……少なくとも1000人くらいはいてくれよ……。


「それってつまり、俺はたかだか300人の為に安眠を阻害されていたと?」

「あ、生放送に来るのは7人くらいです」

「やめちまえそんな配信! 人様に迷惑かけてまでやることじゃねぇ!」


 たかだか7人の為に俺は週に4回の頻度で眠りを妨げられていたのか。

 うーん、死の。


「そもそも、気をてらったおっさん系が伸びてないんじゃ、気の狂ったおっさん系でしかないじゃん」

「そうですか? 私はこれからくると思うんですけど」

「絶対こないよ。こないこない。人妻系VTuberの方がほっぽど望みがある」


 想像してみる。

 うーん、ナシじゃない。


「じゃあ今度はそれでやってみようかなぁ……」

「簡単に言ってくれるなよ。ああいうモデルって高いだろ」

「いえ、自作なので問題ないです」

「あ、そうな……ん? なんですって?」

「イラストとかは、一応自分で作ってます! つまり変幻自在です! ふんす!」


 あー、なるほど。分かったぞ。


 コイツ、天才過ぎてバカになっちまったタイプだ。


「それでおっさん作って売れてないって、本末転倒じゃん」


 せめてその才能をどこかに活かせよ。


「さっきから文句ばっかりじゃないですかぁ! それならクロムっちがどうにかしてくださいよ!」

「急になんだよ。ていうかクロムっちってなんだ。俺は進化しないぞ」

「進化……? 何言ってるんですか?」


 は? ジェネレーションギャップきっつ。今ドキ大学生は卵型育成ゲーム知らないんですかそうですか。どうせおっさんですよ。

 その皮よこせ。俺が被って配信した方が二億倍マシだ。


「とにかく! そこまで言うならクロムっちにも協力してもらいます! マネージャーなんでしょ!」

「いや、俺はマネジメント系であってマネージャーでは――」

「マネジメントだかハラスメントだか知らないですけど、そもそも今日その会社行ってないんですよね?」


 やめろ。その言葉は俺に効く。


「それならもう、クロムカンパニー作るしかありませんよ! 巨大VTuberグループ!」

「黒務社で、クロムカンパニーね。随分と安直な……」

「私のマネジメントの報酬は、投げ銭収益の半分でどうです? お兄さんや」

「半分……か」


 聞くところによると、人気のVTuberは何億とか稼ぐって言うし、であればその半分ならひとまずは金に困らないだろう。

 危ない橋ではあるが、今の会社で飼い殺しにされるよりは余程マシか。


「いいだろう。乗った。明日にでも会社に辞表を叩きつけてきてやる」

「ほんとですか!? やったぁ! マネージャーマネージャー!」


 なんて、嬉しそうにはしゃぎやがる。ちなみに俺は彼女の熱意に惚れたのであって容姿に惚れたわけではない。断じてだ。


「で、一応聞くけど、今月の投げ銭収益ってどれくらいなんだ?」

「え? 0に決まってるじゃないですか」


 どうやら俺は、しばらくただ働きを強いられるらしい。


「すまん、今の話、ちょっと考えさせてくれ」


 なんて言ったけど、もう答えは、とっくに決まっていたりもするのだ。

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