六時間目 俺が主人公でお前はモブなんだよ




 考えてもみなかった。

 自分が丸一日トレーニングをしない日が来るなんて。

 白畑しらはたとの喧嘩から夜、朝、昼、夕ときて、夜。

 俺はストレッチだけして寝ようとしている。

 こんなことは今まで一度だって無かった。

 良いことがあった日も、悪いことがあった日も、俺は常に修行していた。

 なぜだ?

 ファイティング・ポーズを取ってみる。

 何万回とやっている構えなのに、まるでジムに体験入学した子供のようにおぼつかない。

 二三打ってみる。

 まるで動きが違う。

 キレがない覇気がない凄みがない。

 何か、何か肉体全体ガタイ中から自分を形作る重要なものが消えてしまっている。

 一体何がだ?

 あの喧嘩で俺は何を失った?

 こんなとき、いつもなら修行をすればヒントを得られた、喧嘩をすれば答えを得られた。

 だが今の俺はそのどれもできない。

 まるで過呼吸だ。

 息をすればするほど苦しくなっていくのに、それでも息をやめることなどできない。

 わかっているのにやめられない、わかってないからやめられない。

 なら俺は何をわかっている?

 何をわかっていない?

 何一つわからない。

 わからないことしかわからない。

 わからないことしかわからない?

 なら一つはわかっている。

 わからないことだけはわかっている。

 俺はそれだけはわかっている。

 わかってないからやめられないのではなく、わかっているのにやめられない。

 俺は自分の中の、自分に関わる何かをわかっていないから、そうか、このいらだちは、虚しさは、そうか、そういうものか!

「俺は何が気に食わない!」

 パジャマから外着へと着替える。

 修行をしても喧嘩をしても、わからないことはわかっている。

 だが今まではそれでわかってきた。

 なら今は、これに聞くしかない。

 俺がこれまでしてきた修行と喧嘩に、もう一度聞いてみる他はない。

 靴紐を結び直す。

 ストレッチは丸一日やってきた。

 まずは走り込みだ。

 駆け出す。

 アスファルトを靴底で叩く。

 リズミカルな音と鼓動が、心を整えてくれる。

 どこへ走ろうか?

 どこへでも良い。

 走り出すことが大事なんだ。

「――ここか。」

 気がついたら、学校まで走っていた。

 それもいいな、この辺りの学校を一つ一つ走っていくか。

 学区の都合上、距離や起伏もちょうど良い。

 ただ頭を空にして走るには。

 一度立ち止まる。

 軽く屈伸する。

 まだだ、足りない。

 足への乳酸も、頭の中の何百という歯車に砂粒が噛みこんだ感覚も。

 いっそそんなものを突き詰めてしまえばどうなるのか。

 もう一度走り出す。

 一つ、足りない。

 二つ、足りない。

 三つ、足りない。

 だがこれで良い。

 わからないならわからないで良い。

 ただ走りたい。

 さあ四つ――ん?

「……姉弟子が通っていた学校か。」

 ハッ、ハッ、と息を吐く。

 ずいぶん遠くまで来たようだ。

 校舎にかかった時計を見る。

 小一時間走っていたようだ。

 教室内からは光も漏れている。

 珍しいな、喧嘩か?

「フッ……そんなわけがないか。」

 そうであったら良かったのに。

 だが、しかたない。

 この学校で夜と言えば、姉弟子がブチのめした脱獄犯。

 いっそまたいてくれればと思うが、脱獄犯が灯りをつけるような馬鹿な真似はしないだろう。

 ……だが。

「匂いがするな……」

 喧嘩の匂いがする。

 そんなはずは。

 だが確かに感じる。

 思い違いなどありえない。

 これだ、この空気だ。

「そうだ……俺の周りには喧嘩がなくてはならない。最強になるために……!」

 一気に走る。

 校門に手をかけ飛び越える。

 校庭を走る。

 見えた、人影だ、なんだ、校舎の中、手に何かを持って、誰かに振りかざしている、襲っている? 好都合!

「きゃおらあっ!!!」

 窓ガラスを蹴破る!

 何かを振りかぶっていたヤツを蹴り飛ばす!

 室内には数名の男子!

 いずれも手には武器!

 つまり敵!

「保土ケ谷互柔賛拳会第一位、横浜市立丘小学校五年一組、武田ルイです! 対戦よろしくおねがいします! しぃいぱあっっっ!」

 近づいて殴る! 近づいて殴る! 近づいて殴る! 近づいて殴る! 近づいて殴る! 繰り返すこと五度! 全滅! 物音! 次ぃ!

「そこかあっ!」

「まてルイ!」「俺らだ!」

「J! K! なぜお前らがここに! 敵か!」

「違え!」「話を聞け!」

「わかった!」



「夜の学校に閉じ込められた?」

「そそそ。」「やーばいでしょ。」

「敵は鬼か、人体模型か、ライオンか。」

「いや人間。俺らぐらいの男子。二組のあの影の薄いやついたよな。」「ああ。でもって、なんかヘラヘラ笑っててよ、ゾンビっぽくなってる。でもって捕まると上の方に連れてかれるし、逃げると手にハサミとか持って襲ってくる。なんかNPCっぽい。」

「つまり殴っていいわけだな。」

「頼りなるけどなんだかなあ……」「俺らはお前の方が怖えよ……」

「フハハハ……フハハハハハハハッ! アーハッハッハッハッ! これだ! 俺が待ち望んでいたものはこれだぁ!」

「やべえ変なスイッチ入ってる。」「大声出すな! 奴らが来る!」

「来い! 俺はここにいるぞ!」

 俺の声に釣られて、一人また一人とゾンビもどきが現れる。

 ヘラヘラと笑い奇声を上げてハサミや文鎮を振りかぶってくる。

 それを俺は一人ずつ気絶させていく。

 一人一人は弱いが、数は多く武器も持っている。これはおもしろい!

「階段から降りてくるのが遅いな。待ちきれん、こちらから行くぞ!」

「ちょっと待って話聞いてたぁ!? アイツら上の方に連れてってるって言ったじゃん! 絶対これ上にボスいんじゃん!」「なんでモンスターハウスに自分から突っ込んでくの! それより脱出の方法探そうぞ!」

「下手に逃げればゾンビの数に圧殺される! それよりは数名単位であるうちに気絶させてこのゾンビを発生させた又は操っているヤツを倒す! こんなことをする相手だ、どうせ校舎からは逃げれない対策をしているか逃げても問題なくせる対策をしている!」

「チクショウ! なんでそういうとこだけクレバーなんだ!」「でも実際窓ガラスとか中から割れなかったからたぶんそれで正解!」

 階段をゆっくりと降りてきていた数名を気絶させ二階へ。

 廊下にいる数は、二十。

「増えてるー!」「なんでだ一時間前はこんないなかったぞ!」

「おおかた俺のように忍び込んだのだろう! この学校に近づいてからテンションがおかしい!」

「バトルIQだけ高すぎる!」「実は俺らもなんでここにいるのかわからん! なんか夜中に突然走り出したくなってここに来た!」

「まるで集団催眠だな!」

 ならより早くボスを潰さなければならない。このまま放置すればこのゾンビもどきが増加する。それも面白そうだがそうすれば勝ち目はない。

 しかし俺を無意識に操るとは! 腹立たしい! それをキッカケに動き出し! この心の状態をスッキリさせられると思った自分が!

「こうなったのならノッてやる! 俺を操ろうとしたこと後悔するがいい!」

「なんでドンドンイキイキしてんの! なんでドンドンイキイキしてんの!」「でも俺もドンドン興奮してきてる、こんな状況で気分上々!」

 三階へと向かう。

 自分の頭がドンドンクリアになって行く。

 これが他人に頭をイジられているとは思えない!

 とてつもない快感!

 永遠にこの快楽を味わいたい!

 そんな風に俺に思わせるのはなんだ!

薬物か! 催眠術か! それともオカルトか!

 どうでもいい、この俺のためのステージを用意したことを褒めてやる、安心してブチのめされろ!

 数、五十!

 教室から更に増援!

 つまり狩り放題だなぁ!

「K! ルイ! 外見ろ! ドンドン男子が集まってきてる!」「なんだこれなんのホラーだ!」

「気づいてるかJ! K! コイツらどんどん笑ってやがる!」

「俺も楽しくないのに笑いが止まらねえ!」「変なガスか何かかこれ!」

 頭がねじくれる! 光がまたたく! どこかから笑い声が聞こえる! 上に行けば行くほど常識外れなレベルで高まっていく! 間違いない! 敵は近いぞ!

「おい! この校舎四階建てだぞ! ボスはどこだー!」「ボスが見えねえ!」

 いない!? 囮か! いや! まだ、上がある!

「屋上だぁ!」

 扉をブチ破る! 見えたぞ!

「ルイ!」

「姉弟子!」

「「速水はやみのネーチャン!」」

「ルイくん……!」

「ヨッシー!」

「「不登校の女子!」」

「おのれは……」

白畑しらはたァ!」

「「プリケツ関西!」」

「あ、武田たけだ、くん……?」

「誰!」

「「転校生!」」

「お、また女子か。巨乳もいいけどロリ系もいいなグヘヘヘへ……!」

「誰!」

「「誰!」」

 そこにいたのは、奥から変な男子! 姉弟子! ヨッシー! 白畑しらはた! 白畑しらはたの妹!

「なぜここに!」

「落ち着け、ルイ! なんかテンションおかしいぞ! く、お前もコイツの影響下か……」

 なんだこれは!

 露出度の高い巫女みたいなコスプレしてる姉弟子に、魔法少女みたいなコスプレしてるヨッシー、露出度の高い忍者みたいなコスプレしてる白畑しらはた姉妹!

「なるほど幻覚だな! 奥のお前がラスボスかぁ!」

「違う! 奥のヤツがボスなのはそうだけどコスプレじゃないんだ。」

「どういうことです姉弟子! 説明してください!」

「俺がしてやるよ。」

「誰だお前!」

「この物語の、主人公さ。」



「俺の一族の黒魔法は、いわゆる死霊術に類するものでな。たとえば、こういう死者と縁深い場所でその死者の行動を模倣すると、それに近い能力を得られる。」

「なんだ! なんの話をしている!」

「俺の能力の話さ。いわゆる、イタコに近いな。非物質的なものを『もどく』ことで物質的なものに変えてしまう。たとえば、人を操るようなことをした人間の行動をもどけば、俺もその力を使えるようになる。」

「お前頭おかしいのか! 何だ魔法ってヤバイ薬でもやってんのか!」

「薬やってんのはお前らさ。サイッコーにハイな気分だろ? そりゃそうだよな、速水はやみがブチのめした脱獄犯は、麻薬を使って人をマインド・コントロールした死刑囚だった。」

 なんだこれはなんなのだ!

 俺は喧嘩をしに来た!

 なのになぜ変なオカルトを聞かされなければならない!

「姉弟子コイツ頭おかしいです! 魔法とか変なこと言ってますよ!」

「……ルイ、ヤツの言っていることは本当だ。」

 は!?

 なんだ、何を言っているんだ、姉弟子までおかしくなったのか!?

「……すまんルイ。今まで言ってなかったが、実は私は、というか速水はやみ家はこういう妖術や呪術を悪用する手合と戦う一族でな……白畑しらはた家も同じだ……」

「おい白畑しらはたお前まで巻き込まれてんぞなんとか言ってやれ!」

「……未希みきのゆーとるのは本当よ。転校してきたのもそれが理由じゃ。」

「お前もかよ! おい転校生! 白畑しらはた妹! お姉ちゃんまでクスリで頭おかしくなってるぞ!」

「えっと、武田たけだくん、だよね? あのね、私たちは妖祓忍っていう一族で、あのね、これはクラスのみんなには内緒で――」

「ヨッシー! マトモなのはお前だけだ!」

「……ルイくん……わたしね……魔法少女なんだ!」

「あれアイツって保健室登校のヤツであってるよな?」「しゃべれたのか。」

「え、結構かわいくない?」「でもオッパイはアタシのほうが大きいわ!」

「お前のは胸筋だろ!」「キー悔しいー!」

 なんだこの空間!?

 なんだこの空間!?

「クソっ! マトモなのは俺だけか!」

「いや、イカれてるのはお前らだけさ。」

「なんだと! そんなわけあるか馬鹿なことばかり言って!」

「それがありえるのさ。」

 そう言うと奥の男は立ち上がる!

 ていうかまず名乗れ! それでも喧嘩士か!

「俺は喧嘩士じゃねーもん。」

 なんだと――ん?

 ま、待ておかしい! コイツ今……

 コイツ今『地の文』に話しかけてきやがった!

「地の文……? ああ、心の声のことか。なるほど、小説のカッコついてない部分みたいな心の声だな。」

 何だコイツ何だコイツ何だコイツまるで読心術じゃ――

「そうだよ、読心術さ。今のオレは目を合わせたヤツの心を読める。そこの魔法少女ちゃんの能力、使わせてもらったよ。」

 ま、まただ話しかけられた!

「そ、お話できるってわけ。一方通行のテレパシーみたいなもんさ。」

 そ、そんなオカルトがありえるか!

「ありえるのさ、もう実感しているだろう?」

「ルイ! しっかりしろ!」「冷静になれ! ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!」

「そこの二人も、これドッキリじゃないからね。」

「なんでわかったの!?」「え、サイコメトラー?」

 ありえない。

 ありえてたまるか。

 黒魔法? 妖祓忍? 魔法少女?

 なんだそれはなんだそれはなんだそれは!

 俺の周りにいるのは喧嘩士とそれ以外だ!

 そこにはオカルトなどない! あるのは筋肉と格闘術とプライドだ! 断じて、断じて魔法で戦うようなヤツが! そんなヤツが!

「だから、いるんだよ。『黒、急急如律令』。」

「ゴフッ!」

 男が俺に指鉄砲をする。

 指先に現れた黒い何かが、男の言葉と共に勢い良く俺の腹に突き刺さった。

 痛い、幻覚、じゃない! リアルに痛い! ボディブローを受けたみたいに!

「どうよ、これが速水はやみの能力。近距離強い上に遠距離もやれるとか反則だよね。しかも。『黒……急急如律令』――」

 パアン!

「な。」

 男は指鉄砲を自分に向けると、頭が破裂した。

 ――違う、きっと、たぶん、さっきの黒い何かが見えたことを考えるに、俺がそうされたように、黒い何かを発射したんだ。

 だから、さっきより、黒い何かが大きかった――いや、それよりも。

「……自殺、した?」

「まさか。」

 男が喋る。

 馬鹿な、ありえない。

 鼻から上が無くなっている。脳が完全に吹き飛んでいる。そんな死体が話せるわけがない。

 わけがないのに。

 吹き飛んだ脳が、骨が、皮が、動画を逆再生するかのように巻き戻って。

「再生して、立ち上がった……?」

「こっちは、そっちの姉妹の能力ね。つまり、不死身ってわけ。魔力が続く限り俺は死なない。でも俺を殺そうにも変身なりしてなかったら勝ち目は無い。そして俺は他人の能力を使う分には自分の魔力は使わない。つまりどんなことをしようとも、今の俺より先に君たちの魔力が尽きるってわけ。」

 なんだそれは。

 なんだそれは!

 なんだそれは!?

「フザケるな! そんなトリック俺がこの拳で打ち破る!」

「……お前さ、自分を格闘マンガの主人公かなんかと勘違いしてない?」

 痛みで地面を転がりながら叫ぶ俺の前で、ソイツは悠々と歩き出した。

 ぐっ、と姉弟子の襟を掴む。

 なぜだ、なぜ抵抗しない?

 そもそもなぜ、今まで姉弟子達は動いていない?

「世の中にはさ、奇跡も魔法もあるんだよ?」

 音を立てて破かれる。

 あらわになった姉弟子の乳房を、男は片手で掴みながら、もう片方の手で指鉄砲を作る。

 その指先は俺――じゃない!

「避けろJK!」

「無理に決まってんじゃん。『黒黒急急如律令』。」

「ギャッ!」「ガッ!?」

 連続で二発、黒い何かが放たれる。

 それを頭部に受けて、JとKはバタリと倒れた。

「わかんないかなあ。この物語の主人公は俺なのよ。強くてカッコイイ俺が、カワイイ女子を手に入れる話。そこに君みたいなただ体鍛えてるだけの一般人とかいらないんだよね。どうせならカワイイだけじゃなくて強い方が手持ちにしておくには都合良いし。」

 JとKの頭から血が流れる。

 いや、致命傷ではない。

 今度は見えた、あの黒い何かは、前の二度より小さかった。威力も小さいのだろう。

 頭部からの出血は多くなりがちだが、あの血の量ならば失血死するまでに相当時間がかかる。

 問題は脳への衝撃だ。

「この子達も勘違いしてたんだよね。なまじビミョーに強いからかな、自分を物語の主人公だと思いこんで、絶対勝てると思って向かってくる。一族の宿命とか前世からの運命とかあっても能力の相性差の前には関係ないんだよね。」

 一刻も早く病院に向かわせなければ、死に至るかもしれない。そうでなくても後遺症が残るかも――

「モブキャラのこと考えてんなよ。主人公が話してるんだぞ。」

「があっ!」

 俺の目の前のコンクリが砕ける。破片が俺の顔を切り裂いた。また指鉄砲か。

「あ、あっちゃー顔やっちゃったよ。カワイイのになあ。まあでも手持ちにはいらないし……うん、ここでイッパツヤッて殺そう。」

「待て!」

「うるさいよ速水はやみ。」

 姉弟子!

「あ、コッチには反応したね。ふーん、そうか。」

 ニヤリ、嫌な笑みを男は浮かべた。

「じゃあ俺の今の能力について説明するね。この子達の能力は他にも色々あるみたいだから面倒くさいんだけど、脱獄犯の方はシンプルで、その分強力なんだ。うん、俺好みだ。」

 男は姉弟子に指鉄砲を向けながら、言葉を続けた。

「能力は三つ。一つ目はこの学校を見たり思い出したりした人間の無意識に作用して集めさせる能力。知ってた? あの脱獄犯、ここの卒業生なんだ。ま、そのせいか男子ばっか集まるのが嫌なんだけど。二つ目は、手で触れたヤツにシャブ食わせたみたいにする能力。この能力の良いところは、影響下に置いた奴に触れても効果を与えられる点かな。君相当殴ったりしてきたでしょ。時間経過で弱体化するはずなのにそれってどんだけヤったの。三つ目は、影響下に置いた奴らで結界を作って、その中の女子を操る能力。この能力が一番俺の能力と相性いいんだよね。自分で黒魔法使わなくても使ってるみたいに生きてる人間操れるし、こういう強い能力者捕まえれば手間ゼロだもん。ところで、なぜここまで丁寧に説明してやるかわかるか?」

 ……嫌な予感がする。

「それ正解。俺の黒魔法はかける相手に説明すると効果が上がるんだ。催眠術と同じで相互のイメージが大事なんだ。じゃ、君だけはダウナーになってもらおうか。『アイス・エイジ』。」

 途端に、俺の頭が冷めた。

 今までの幸福な気持ちも、男への怒りの気持ちも嘘のように、ニクが冷えていく。何もかも冷めていく。

 悔しさもいらだちも、全部消えていく。

 なんだ、これは。

 無理やり、感情とかそういうものが、消えていく。

 寒い。

 俺の心、どうなってるんだ。

「うーん、やっぱり俺好みだわこれ。だから――」

 男は近づいてくる。

 身体が動かない。

 そして、動かそうという気が起きない。

 ただただ、強い吐き気と頭痛がせり上がって来て。

「――俺が主人公でお前はモブなんだよ。」

 男の手が俺の頭に触れると共にそれが消えて。

 俺の意識も消えた。



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