麻賀多シントの帰還
第23話 石清水ユアの邂逅(2)
伊勢川ミホカ。
彼女がおれの傍にやって来てから、いろんな物事が変わった。
何よりも、おれの中に宿ったというタマシイのこと。
正直、魂なんて得体の知れないもの、なくったって問題ないというのが実のところだ。
魂ぬきでも、体は正常に機能してるし、心だって考えたり感じたりすることができる。だったら困ることは何もないはずだ。当然ながら、霊魂の存在は科学で証明できない。なんとなく、あるような気がするだけ。そんな曖昧な概念が現在でも残っていることの方が、驚きというものだろう。
ところが、おれにとっては、この魂っていうのがあらゆる不思議な出来事の原因になってるらしい。少なくともここ最近起こってることについては、そうだった。
学校からの帰り道で化け物に襲われ、耀く剣で退治したことも。
友達と遊びにいった先で、この世とあの世の境界に迷いこんだことも。
眠っているうちに夢と現実が逆転し、行くべきではない未来へ行ってしまったことも。
すべて、伊勢川ミホカがおれに分けてくれたという、七色の魂のために起こった。
そして、これから起こる数々の出来事も。
ここから先のことを話すには、たぶん、はじめて〝彼女〟から呼ばれた時のことを思い出さなくてはならないだろう。
いまになって思うのは、伊勢川ミホカと〝彼女〟――
本来は、ここに、産まれるはずがなかった伊勢川ミホカと。
本当なら、その時、死んでいるはずだった石清水ユアと。
もちろん、性格も年齢も見た目も、おれと出逢った経緯も、2人は何もかも異なっている。
けどもしかしたら、どちらも現在この世界に、生きてはいないはずだった――という点は、同じだったんだ。
何の因果か巡り合わせか、おれたちはこの世に生まれてきてしまった。存在してしまった。だからこそ、こうして出逢うことにもなったのだから。
ごめん。結局、おれの話になってしまったみたいだ。本当は君と、もっと色んな話をしたかった。昔のこととか、好きな物のこととか、将来のこととか、友達のこととか、旅行に行った時のこととか、いま何してるのかとか、恋のこととか……そんな話を、飽きるくらいしてみたかったんだ。これまではそんなこと、絶対できなかった。でも、これからだったら――できるかな?
じゃあな。縁があったら、また逢おう。
☆
「今日も行くか? あそこ」
「……うん、行く」
週末の放課後。浅間澪那に尋ねた。
これから盛り場へ繰り出す高校生みたいな会話だが、「あそこ」というのは《幸い部》の部屋のことである。
一日の日課を終えて、迷わず一直線に帰宅する――というルーティンワークが、このところ崩れつつあった。こんなふうに仲間たちで、とりあえずあの部屋に寄ってから帰るのだ。
「待ってて、準備するから」
浅間はアタフタと、鞄に荷物を詰め始めた。
とはいえ、まだクラブ新設の計画書は正式に受理されていない状態だった。何をするにせよ本格な活動はできないため、備品の整理やら計画の立案やらという名目で集まっている。
いま一番の不安は、提出したクラブの申請がちゃんと通るか、ということだな。落ちたとなればミホカたちも当然落ちこむだろうし、おれとしても乗りあわせた船で、計画を練り直してリトライしないといけない。
1、2回だったらまたやってやろうという気にもなるが、ひょっとしたらポストモダン演劇のごとく、我々はここで永久に部活を作り続けるのではないか? いくら待っても神は来ないのではないか? もしそんなことになったらと、心配だ。
かくのごとくおれの思考が、無意味なスキルを無意味なタイミングで繰り出すRPGのオートモードみたいになっているところへ、放送が入った。
〈1年H組、麻賀多シントさん。学校に残っていたら、至急、生徒会室までお越し下さい。繰り返します…〉
「ん?」
同じ放送を繰り返すのが聞こえた。聞き間違いかと思ったが、たしかにおれ宛てに呼び出しがかかっているらしい。
「何々、シントくん何かやったの~?」
背伸びして黒板の上の方を消していた江島ひとみが、振り返って大声でどなった。
その拍子に黒板消しが落ちてしまい、チョークの粉にケホケホむせているが、さりげないドジっ子アピールであろうか。彼女は今は亡きドジっ子の栄光を取り戻すべく、ああやって日夜努力しているのだろう。たぶん。
「何もやった憶えないんだけどなあ。浅間は、江島さんと先に行っててくれる? マサヲのやつも後で来るって言ってたから」
「うん、わかった(コクリ)」
おれはリュックを肩に掛けて立ち上がり、教室を出た。
廊下には午後の日ざしが射しこんで、迷路のように複雑で、幾何学的な影を落としていた。
その窓枠の影に染められながら、呼び出された場所に向かって歩いていく。
生徒会室は、2階の下駄箱近くにある。油断すると見逃してしまいそうな白い扉を見つけ出して、ノックし、開いた。
「失礼しまーす……?」
扉を開けると、室内は思ったより雑然としていた。プリント類やマジックペン、文鎮、セロファンテープに、よく解らない勲章が付いたバッジ(小さい頃に本で見た科学特捜隊のバッジに似ている)。
入ってすぐ右には暖簾が掛かり、その隙間から業務用のプリンターが見えた。そちらの方には人影はなく、部屋の奥の方に、生徒会役員らの気配があった。
窓際の方に、大きな机とホワイトボードがあって――傍らに、1人の女生徒が座っていた。
「麻賀多、シント君ね?」
「はい」
「入って」
手招きされるまま、中に入っていった。
対面したのは、見憶えのある顔だった。廊下で擦れ違った、というより、正面衝突した先輩。
「来てくれてありがとう。私は
言われて、その横の席に着いた。
石清水ユアは、すでに話題になっていた人物ではある。しかしこうして実物を近くで眺めると、不思議な印象を覚えた。
彼女の紅がかった瞳で見つめられると、なんだか魅入られて、吸いこまれてしまいそうな……けれど反対に、強く拒まれてもいるような。
どっちなんだと思うだろうけど、おれ自身が訊きたいくらいだ。とにかくそれほど、身の内を芯から揺さぶるようなものがあった。
生徒会室には他にも1人、テーブルで作業をしている生徒がいた。各クラスで集められたベルマークの集計をしているようだ。掃除を怠ったせいで積もった埃を、選り分けているように見えた。
「それ、今日やらなくてもいいわよね? もう帰ってもいいんじゃない?」
「で、でも、生徒会長から、これやれって言われてて……」
役員の男子は困惑したように、眉尻を下げた。
「そうだったの。あの会長、あんたの仕事が少ないから押しつけてるだけよ。もうすぐ任期も終わるし、私がやっておくから、もう帰っていいわよ」
「う……うん」
ちょっと嬉しそうに答えて、気弱そうな男子は生徒会室を後にした。
自分が人と話す用があるだけで生徒会室を貸し切りにしてしまうとは。強引というか、見事というか、この副会長のことをよく表している一幕だった。
「ったく、気が利かないわね。私が生徒会長になる時は、周りはイエスマンだけにして、全部思いどおりにしてやるんだから」
口をへの字に曲げて呟く石清水ユア。彼女が苛立ちながら檄を飛ばす様子が容易に想像できた。そう都合良くいくものかどうか神のみぞ知るといったところだろう。
ベルマークの詰まった缶を鞄にしまうと、彼女は不機嫌そうな表情を一転させ、おれの方を向く。
そしてテーブルに置いたのは、このあいだ提出した《幸い部》新設の計画書である。
「さあて、と。本題に移るわね? この前出してくれたクラブの計画書なんだけど、これじゃあ通せないわ」
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