第7話 光の転校生


「みんな、はろはろ~! 夏休みは楽しかったかなー? 久しぶりにみんなの元気な顔が見れて、先生も嬉しいでーす! 先生は夏休み、大学時代の友達とワイキキビーチに行ってきましたあ。海外の男なら私の魅力がわかるだろうと思ったのですが、なぜかみんな友達目当てでした。ソイツはもう結婚しとるわ、私の元彼とね! ええい、爆発せい! 砕け散れ!」


 女性教諭が身を乗り出し、嫉妬と怨恨に満ちた声を響かせる。教卓がちゃぶ台返しのようにひっくり返されないかと不安だったのはおれだけではなさそうだ。

「こ、コンピラ先生、落ち着いて」と、最前列の生徒がなだめ役を引き受けた。


 彼女はうちのクラスの担任である琴平ことひら実沙枝。自称20代前半の国語教師で、愛称は「コンピラ先生」、あるいは「みさえ」。なぜ下の名前が呼び捨てにされるのか、わかる人にはわかるだろう(ませた幼稚園児のように間延びした声で呼ぶのがベスト)。彼女の年齢が或る時点から先に進まなくなったことは、この学校の七不思議の一つに数えられているそうだ。


 それにしても朝からこのハイテンション、どうにかならないのだろうか。高校教師はうたのおねえさんじゃないゾ? と言ってやりたいが、やめておこう。おれがマサヲにその所感を伝えた時、真後ろに控えていた実沙枝に「麻賀多く~ん? この前の古文単語テスト返し忘れてたから、放課後私の所に来てねえ」と笑顔で告げられた。その日「指導」と称して少年に何が行われたのか、関係者は多くを語らない。


「それはそれとして、だ。今日は夏休み開けだから、朝から始業式があるわよ。すぐ移動だから遅れないよーに! 以上。日直、号令」




 コンピラ先生のおかげで『そう言や学校ってこんな場所だったよなあ』ということを否応なく思い出させられ、それから廊下もガヤガヤし始めて移動となった。目的地は始業式のある体育館だ。


「そうそう。そういえばシント、朝来た時してた話はどうなったのさ? 夏休み中、古いネットの友達に会ったとかいう」


「ああ、アレか。まあ、言葉のとおりだよ。そんな面白い話じゃなくて」


 あまり楽しみにされても困る。たまたまおれの身に起こってなかっただけで、意外と余所ではよくある話だったりするのかもしれないし。


「いいよ、それでも」


「いや……話すからには、すごくなくねとか言わないで欲しいんだけどな。小さい頃、ネットで知り合った女の子がいたんだよ。その時は遠くに住んでて、一度会ったことがあるだけだったんだ。ところが或る夏の日のこと、おれが家の近くの公園を歩いてたら、突然――」


「シントさん!!」


「と、ちょうどこんな感じで声をかけられたんだけど、なんとその公園のベンチに座ってたのが……」


「あのさ、シント」


 何を思ったか、マサヲはおれの肩を叩いて話を中断してきた。なんだよ、そっちの方が聞きたがってたんじゃないのか?


「何?」


「いや……。あの子、呼んでるみたいだけど?」


「あの子?」


 友人が指さした方を見ると、そこには、


「やっぱり! この学校だったんですね」


 混雑した中からおれを見出して、近づいてくる女生徒がいた。それも中等部の流れの方から。


 え、や……。

 嘘………だろ?


 中等部のセーラー服に身を包みお日様のごとく微笑んでいるのは、我がネット幼なじみにして、この夏休みに再会を果たした少女、伊勢川ミホカである。


 ふーむ、自分で言ってて難だが、「ネット幼なじみ」って新しい概念だな。世界各地で少子化が叫ばれる現代、隣の家に住んでる幼なじみなどもはや空想に等しい存在。しかし昔ネットで親しかった相手なら誰しも1人や2人いるのではないだろうか? これはイノベーションの波が来たかもしれない。ぜひ積極に流行らせていこう!

 ……って、そうじゃなくて。


「えっ、やっ、なんで?」

 完全に困惑し、テンパるおれ。


「わたし、夏にこっちの方に越してきたじゃないですか。それで、今日からここに転入する予定だったんです。会った時シントさんの制服とか見て、もしかしたら……って思ってたんだけど、やっぱりここだったんですね!」


 年来の友達とするように、自然な様子でおれと話す中3女子。のどかな草原に明るい色のレジャーシートを広げるように笑顔を広げたまま、


「中等部なのが残念だけど、校舎は同じみたいなので良かったです」


 いやいや、もし仮に同じ学年だったりしたらおれの精神が保たなかっただろう。ミホカには昔から、学校の友達に言えないようなことまでイロイロと話してたからな。幼き日の黒歴史を知る、そんな相手が同じクラスに現れた日には学級崩壊は確実であろう。おれの心の中の。


「ミホカちゃん? 誰、その人?」


 横から彼女のクラスメートと思しき女子が尋ねてきた。中学生にしてはかなり背が高く、おっとりした雰囲気の子だった。


「あ、うん。この先輩わたしの………古い知り合いで」


 ミホカはおれをそう紹介した。たしかにその通りだ。


「そうなんだー? ……あれ? でもここに来る前って、ずっと遠くに住んでたんだよね。どうして知り合いがいるの?」


「あ、…そ、それが昔、ちょっとだけこっちの方に住んでたことがあってその時に会ったの。で、ですよね?」


 咄嗟に彼女はそう説明し、おれの方を見た。それ、彼女のただでさえ移動が多い居住歴がかなり滅茶苦茶なことになるんじゃ? と心配しつつも、


「え? あ、うん」


 話を合わせた。べつに隠すこともないだろうけど。たぶん、その場の流れというやつで。


「へー! じゃあ幼なじみと再会したってこと? いいなー、なんか漫画とかドラマにありそう」


「そ、そうかなぁ? そんなことないよ~…」


 ミホカとその友達は、話をしながら中等部の列が出来ているところへ戻っていった。


「麻賀多シントに幼なじみだって? はじめて聞いたよ。一体全体、これはどういう?」


 非常に興味深そうな眼差しを向けてくるマサヲ。そうなるのも無理はない。

 どうしよう。つい調子を合わせてしまったけど、何て説明すべきか――。

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