第4話 夏休みを満喫する(家で)
「お互い忘れてお終いになるものだから」と、たしかに思っていたのだが―――。
次の日の正午すぎ。
おれがクーラーのかかった部屋で涼みつつ、氷山のごとく分厚い夏休みの宿題の一角を片付けていると、チャイムが鳴った。
続いて、
「シ~ン~トさーん……?」
と、まるで山びこの最後の反響のような声が。
「?」
椅子から立ち上がり外を覗いたが、ここからでは見えない。やむをえず玄関まで行って、ドアを開いた。
すると。
「います、か?」
門の前へと向日葵みたいな笑顔を覗かせたのは、昨日も会った少女――かつての〈珠璃〉こと、伊勢川ミホカだった。
「来たのか」
まさか、昨日の今日で来るとは思わなかった。
「えっへへ、来ちゃいました。……迷惑だったかな?」
「いや、そんなことないよ。昨日も連絡くれたし」
夜に一応、久しぶりのメッセージももらっていた。
〈今日は本当にびっくりしました。また遊びにいくのでよろしくお願いします〉
という内容で、これも何か挨拶のようなものにすぎないと思っていたのだが。
「ただ……来て何するのかな、と」
そう問うも、本人も考えていなかったのか、ミホカは言葉に閊えた。
「えっと………そのへん歩く、とか?」
「この暑い中を?」
「え? そ…それもそうですよね。ごめんなさい、昨日からわたし、なんか舞い上がっちゃってて……あはは。また、出直してきますね?」
照れ笑いを浮かべると、ミホカは踵を返し、帰ろうとした。
「……あ、や。待って」
気がつくと、おれは思わず彼女の手首を掴んでいた。
「え?」
それも、けっこう強く。
「どうか……しました?」
ミホカが不思議がる。どうしたのだろう? おれ自身にも、わからなかった。
ただ――ただ、そう、この機会を逃すと、彼女がどこか遠くへ行ってしまうのではないか。そんな不安に駆られたのだ。
根拠は何もない。引っ越してきたばかりなのに、すぐいなくなってしまうはずもないだろう。けど、だからおれは、
「いや。その……………家の中なら」
そう言ってしまった麻賀多シントの胸中では、『なんだあ、さっきのいかにも女の子を上手く部屋に連れ込もうとする理由作りみたいな言い草はぁ!?』と、もう1人の自分が喚いていたそうである。
でも彼女の方は気にするふうもなく、「お邪魔しまーす?」とのどかに挨拶し、おれについて部屋に入ってきた。
机はあるけど2人で向かえるような代物ではないので、折りたたみ式の卓袱台を広げ、座布団を持ってきてその上に座ってもらった。
「シントさんの部屋って、畳なんですね? なんか良い」
ミホカが足を横に崩した。今日は短パンのような動きやすそうな私服を着ている。(ショートパンツと呼ぶのだろうか? 他に呼び方があるのかもしれないが、女子の服のことはどうも判らない。男子のもあまり判らないけど)
「ああ。ここって、爺ちゃん婆ちゃんの家だからさ。使わなくなった客間を、おれの部屋にもらったんだ」
淹れてきた麦茶を啜る。和室ではあるが、椅子を置いたりして洋室と同じように使っていた。しかもタイミング良く、少し前に掃除したところだ。でなければ人を入れるのを躊躇っていたところ。
「へぇ……。…あっ、この漫画」
ミホカは端の方に積まれたマンガ本を見た。指さしながらこっちを向いて、
「昔これのアニメやってて、よくその話してたよね~。憶えてます?」
「あ~、憶えてる憶えてる。一緒にやったゲームに、そのキャラの名前付けたりしてな」
記憶が甦ってきた。
完全に忘れていたわけじゃない。だけど、周りの状況がめまぐるしく変化して、思い出す機会もなくなってしまっていただけだ。アニメの方も忙しくなって観れないでいるうちに、とっくに放送が終わってしまったみたいだった。
ミホカは笑いながら、
「そうそう。わたし、あのテーマソングいまでも好きでよく聴いてるんですよ。それから………あ」
話の最中、急に立ち上がった。とても興味を引かれたものがあるらしく、部屋の隅の方に行って、
「これ!」
ミホカは違い棚(祖父母が旅行で買ってきたお土産の、よく解らない木彫りや置物が飾ってある)の前に立ち、そこに半ば埋もれるように置いてあった黄色いモノを手にとった。
「これ、わたしがあげたヌイグルミですよね…?」
「え? ああ、そう言やそれ、ミホカがくれたんだっけ?」
部屋に置いてあるのに、由来をすっかり忘れていた。それはひよこのヌイグルミであるが、けっこうデカい。ひよこの癖して、大きさだけなら大人の鶏並みだ。
それは今となっては大昔に、ミホカが贈ってくれたものだった。
「置いといただけだよ。こんな可愛らしいの、堂々と飾っておくのも恥ずかしいしな」
「でも、残しておいてくれたんですよね。それだけでもなんか……嬉しいです」
「それは……。………まあ」
べつに深い意味はなかったけれど、古い贈り物がこうやって部屋の一部になっていたのは、いまも心の中で彼女の存在がどこかに残っていた証拠かもしれない。あんな昔のこと、すっかり忘れていたはずなのに、実はそうでもなかったのだ。
「…………あの、これ………」
「ん?」
どうかしたのか、ちょっと切なげな表情で、ミホカが手にしたひよこを見つめているように感じられた。そのヌイグルミに何かあるのだろうか?
「どうかした?」
「あ、いえ―――やっぱり、何でもないです」
ミホカは小さく首を振ると、笑って、やがてそれを元の位置に戻した。
「えっと………」
おれはなんて返していいか判らず、数時間の(と感じられる、実際には数秒間の)沈黙があたりを包んだので、
「……ゲームでもやる?」
「あ、やりたいです!」
言ってしまってから気づいた。現在この家にはかなり古い機種しか置いていない。そこらへんの設備は下手したら田舎よりも遅れているかもしれない。
「古いのしかないけど。それでも良ければ」
「全然いいですよ! でも、まだ動くの?」
「しばらくやってないから、繋いでみないと判らないな」
ゲーム機は箱に入れたまま、部屋の隅で埃を被っていた。おれはそこまで膝立ちで近づき、本体を引っ張り出してテレビに各種のケーブルを繋いだ。
当初は反応がなく駄目かと思われたが、うまく接触部分を弄ってやると……動いた。
真っ黒だったビデオ入力の画面に、明かりが灯る。
「動いた」
「やったっ。やりましょう、シントさん!」
○
その日から、麻賀多シントと伊勢川ミホカの、〝遠かった過去を縮める〟夏が始まった。
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「やばいアイテム使いすぎた……HPなくなる……。回復、頼める?」
「いいですよ? はい」
ミホカが操作するキャラが補給を行うと、おれの操る人型ロボットのHPは満タンに回復した。
「サンキュ!」
再び戦場に飛びこんでいき、ビームサーベルで敵の大群を薙ぎ払う。
以前ならこのくらい楽勝だったはずなんだけど、だいぶ腕がなまってるようだ。ヒット&アウェイ作戦でいこう。
「ふふ」
ミホカの口許から、笑いがこぼれた。
「? どうかした?」
「いえ。なんだか不思議だなぁて思って」
「不思議?」
「はい。こうして、近くでゲームしてるのが。わたし、周りにあんまり話通じる友達いなかったから、一番楽しかったのは、シントさんと話してる時だったんです」
「ミホカ」
「はい」
「死んでる」
「…あっ!?」
以前より明らかに成長したぼくらだったけど、お互いプレイスタイル(ライフスタイル?)は相変わらずだった。
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夕方、2人でカップ麺を啜りながらテレビを点けていると、ホラー特番をやっていた。
これも夏の風物詩、きっと俳句でも季語として使えることだろう。あいにく国語の授業以外で、歳時記を繙くほど風流ではないが。
「……あ、あの。他のかけませんか?」
しかし恐怖体験の再現VTRが流れている途中で、なぜかミホカがおれの袖を引っ張った。
「待ってこれだけ。いいところだし」
「わたし思うんですよね! いまどき視聴率のために、祟りだの呪いだの扱うのはもう古いって!」
「いきなりそんな主張されてもな……。え?」
突然、真っ暗になる部屋。
「キャぁぁああ?! わたしが古いとか言ったから!? 神様仏様奇天烈斎さまあぁぁあ!!?」
「ぐぇぇぇぇ!? ま、待でっ、い、息が――」
ブレーカーが落ちただけだった。(おれの意識は落ちずに済んだ。かろうじて。)
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懐かしいアニメや映画も観た。
大半はHDに録画したまま放ってあったり、一度観たきりで仕舞ってあったDVDなどだ。
「あ、これ」
箱の中に、中学の時に借りたDVDが混ざっていることに気づいた。その友達はもう遠くに行ってしまって、会う機会もない。
「うわ、借りパクになってしまった」
頼んでないのに相手の方から貸してきたので、仕方ないのかもしれないが。
「? なんですか?」
「いやさ、昔友達が貸してくれたDVD、返してなかったのに気づいて。有名なやつだけど、観たことあるかな?」
「あ、これ主人公が魔法学校に通うやつですよね? まだ観たことないです。最後どうなるんですか?」
「それがさ。悪の親玉みたいなヤツが最後……んぐ?!」
「待って! ネタバレ禁止です! 一緒に観ましょう?」
この子、意外と口より先に手が出るタイプなのでは………?
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