第19話 宣言

「俺の予想は大きく外れたわけか……」


 授業が終わった後の教室で、俺は義足となっている右足を摩りながら思わず呟いた。時刻は午後五時を回ったところで、既に生徒たちは帰路に着いている。本来なら俺もすぐに帰宅の準備をし、施錠をして塾を後にしている頃なのだが……今日はすぐには帰宅できない理由があった。

 それは、今日の授業開始直前まで遡る──。



「面談、だと?」


 カルミラから発せられた言葉に、俺は完全に不意を突かれて目を丸くした。


「は、はい。その、昨日先生がお父様に通信で告げられたことを耳にしたらしくて……一度会って、面談をしたいと、お母様が」

「……」


 俺は額に指を当て、微かに唸る。

 てっきり、どんなことを言われても実の娘を娘と思っていない母親が何かを言ってくることはないと思っていたのだが、どうやら予想は大きく外れたらしい。娘に勉強を教えている教師に興味を持ったのか、はたまた昨日の伝言で怒らせてしまったのか。何にせよ、俺は保護者であろうとなかろうと、容赦する気はない。俺は元々口が悪いからな。


「ま、まぁ、わかった。日時と場所は聞いているか?」

「今日の授業が終わった頃に、ここに来るって聞いてます。お父様も一緒に」

「今日かよ……」


 いきなりがすぎるのではないだろうか。こっちにも用事があるとか、そういうことは一切考えていないのか? つーか、レナンス中将も連絡先を知っているんだから、俺に一報を入れてくれてもいいと思うが。会ったら間抜けな顔面にパンチでも喰らわせてやろうか。

 だが、事の発端は俺が中将に頼んだ伝言だと思う。ここは自業自得だと思って、潔く受け入れるか。


「了解した。なら、皆すまないが、今日は授業が終わったらすぐに帰ってもらえるか?」

「わかりましたわ。エルシーさん……は聞いていないので、私が連れて行きます」

「頼んだぞ」



 昼間のことを思い出しながら、俺は向かい合う形で並べた三つの机の奥側に腰を下ろした。この塾にも応接室はあるが、そこを使うつもりはさらさらない。半年以上掃除していないし、今からやったところで間に合わない。それに、仮にも保護者と面談をするのだから、教室で行うのが定石だろう。

 それから、十分程が経過しただろうか。塾の入口扉に設置された来客を知らせるベルが鳴り響いたのは。

 どうやら、到着したらしい。

 俺は部屋の場所がわかっていないであろうカルミラの両親を出迎えるため、廊下を出て入口まで歩く。


「お待ちしておりました」


 わざとらしく紳士ぶった態度を取り、入り口扉を潜ってすぐの場所で立ち止まっていた一組の男女に挨拶をする。

 レナンス中将は相変わらずの巨体と筋肉を備えており、正面に立つと威圧感が半端ではない程伝わってくる。が、見た目に反して彼は俺を視界に入れるとすぐ、友好的な笑みを浮かべて近寄ってきた。


「久しぶりだな、ソテラ。急な来訪で申し訳ない」

「お久しぶりです、中将。そう思うのでしたら、事前に一本連絡を頂けると嬉しかったですね」

「ははは、すまない。今は軍の支部から帰ったばかりなんだよ。時間がなかった、といえば許してもらえるか?」

「まぁ、貴方の伝達忘れは昔からですからね。今回は大目に見ましょう。そして、そちらが──」


 俺の視線の先に居たのは、俺と同程度の背丈を持つ長身の女性だった。外出用の紅いコートを身に纏い、綺麗な赤髪と鋭い赤い目を持つ人。よく観察すれば、鋭い視線の奥には微かな怯えを含んでいるのがわかる。カルミラは彼女の血を濃く受け継いだんだな、と一目でわかる程。

 俺は女性の方に向き直り、中将の紹介に耳を傾けた。


「あぁ、私の妻で、カルミラの実母のアレリアだ。今日の面談は、妻から申し出されたものでね」

「貴方、そんなことはいいので早く案内させてください」


 俺に挨拶をすることもなく、カルミラの母──アレリアと呼ばれた女性は中将に強い口調で伝える。それと、俺を使用人か何かと勘違いしているようにも思える言葉だ。


「おい、アレリア──」


 見かねた中将が注意しようと口を開きかけたが、俺は彼の腰を軽く打ち、構わないと告げる。そのやり取りこそ、時間の無駄だと。

 彼はアレリア夫人と俺を交互に見た後、「すまない」と小さな声で謝罪を述べた。

 全く気にしていないと言えば嘘になるが、それはここで言うことではない。話し合いの場は既に用意してあるし、そこで行うとしよう。

 俺は二人を連れ添って教室に向かい、入室と同時に二人に席に着くよう求めた。

 向かい合わせになった机を見たアレリア夫人は一瞬何か言いかけたが、俺が殺気を込めたマナを彼女に当てると開いた口を閉じ、大人しく座った。

 これで、俺が友好的で温和な教師ではないことを理解してもらっただろう。光武具なしでマナを操れる時点で、普通ではないからな。


「さて、先程は自己紹介ができませんでしたので、改めて。この塾の塾講師をしております、ソテラ=バーティアスです」

「ご丁寧にどうも。アレリア=レナンスです」


 短い自己紹介をアレリア夫人が返した──自己紹介されたこと自体、意外だ──ので、俺は先に本題の方へと入ることにした。特に世間話をして時間を無駄に浪費する必要性もないからな。


「それで、本日面談を希望された理由を教えていただけますか? いや正直、カルミラ嬢からは夫人が彼女を娘と思っていないと聞いていましたから、面談を希望されたこと自体とても意外だったのですが」

「……先日、主人から伝えられた貴方の言葉に直接反論がしたかったのです」


 夫人は一度息を整えた後、鋭い視線で俺を射貫いた。迫力はあるのかもしれないが、俺には全く響かないがな。


「はっきり言って、私はカルミラが魔法士として成長することはできないと考えています。いいえ、それどころか、大きな心的ストレスのかかる軍にいては、いずれ周囲を巻き込んでマナを暴発させる可能性が高い」

「……続けてください。一度、最後まで聞きますので」


 夫人が言葉を止めたので続きを促す。まぁ、ここまでは言われるだろうと思っていたことだ。別に意外性もない。


「ここから先は、失礼を承知で言います。バーティアスさん、主人から聞いていますが、貴方は幼い頃から従軍し、戦場を駆け巡ってきたそうですね?」

「えぇ。生憎俺は孤児ですから、他に行く当てもありませんでしたし」

「その境遇については同情します。ですが、だからこそしっかりした教養のない貴方では、カルミラを導くことなど猶更不可能でしょう。幾ら影獣を戦場で殺しまわっていたとしても、どれだけ戦果を挙げていたとしても、どれだけ貴方自身が強かろうと、それを教える技術は培ってこなかったはずですから。教育をする教育を受けてこなかった軍人崩れには、人を導くことなどできません。ましてや、特異な体質を持つあの子のことは」

「……なるほど」


 俺は夫人の話の内容をしっかりと自分の中で噛み砕き、整理して理解する。

 彼女の話の途中、何度も中将がやめさせようとしていたのだが、俺はその都度彼に威圧のマナと視線を送って無理矢理黙らせた。

 恐らく、中将は俺を本気で怒らせると取り返しのつかないことになると、知っているからだろう。過去に俺が起こした惨事を知っているからこそ、夫人の口を閉じようとした。失敗に終わったわけだがな。


「確かに、俺は夫人の言う通り教育者としては半端者でしょうね。影獣を殺す手段ばかり教えられ、大多数の人間が歩むはずの道から外れて育った。そう言われても仕方はない。あぁ、それは別に気にしてない」


 言葉の途中から口調が本来のものに戻り──俺は畏まるのをやめた。


「だが、あんた、俺のことを嘗め過ぎじゃないのか?」

「──っ」


 夫人が一瞬怯え硬直したが、俺は構わず続ける。


「確かに普通の教育を受けさせるのならば、俺は潔く塾講師を辞める。だが、ここは魔法士になるためのことを教える塾だ。ならば、俺以上の適任はいない。俺を誰だと思ってるんだ? 今の皇国領の二十パーセントは俺の率いる部隊が奪還した戦果なんだぞ?」

「……孤児育ちで、礼節も弁えない者が大きな口を叩くのね」

「自ら戦うことを放棄した弱者が吠えるなよ。俺から言わせれば、あんたは臆病が過ぎる。確率が六割を切ったことは術からず無理だと切り捨てているだろう? カルミラの僅かな可能性すらも切り捨て、母親としての責任を放棄した奴に教育を説かれる謂れはない」

「……」

「そもそも、その孤児の集団が奪還した土地に、掲げた戦果をわが物のように言い踏ん反り返っているだけの輩が、よくもそんな文句を垂れるものだな。あんたらのことはどうでもいいが、俺があんたに言いたいことは一つだ」


 俺は夫人に人差し指を向け、堂々と言い放つ。


「子供の可能性を奪うことはせず、傍から黙って見てろ。あんたの知らないところで、カルミラは立派に育つ。一度受け持った以上、俺が育てて見せる。以上だ」

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