第11話 経緯説明

「それにしても、意外だったな」


 夕食や入浴を済ませ、二人で度数の低い甘口のワインを楽しんでいる時、俺は先ほどの元帥との通信を思い出して呟いた。


「意外って?」

「元帥が処罰に躊躇したことが、だ」


 俺はつまみとして皿に盛りつけられたチーズを口に運び、飲み込んでから続ける。


「俺の知る限り、元帥は柔軟な思考に加えて、規律やルールにはとても厳しい人間だ。その元帥が、仮にも俺を殺そうとした奴に対しての処罰を躊躇するっていうのは、何か事情があると考えるのが普通だろう」

「その大佐が元帥の弱みを握っているとか?」

「いや、あの人はそう簡単に他人に弱みを握らせるような人間じゃない。逆に、弱みを探っていたらこちらが弱みを握られている、って状況になる。その辺のことを考えると……リライオ大佐って人が、相当力を持っていると考えるべきだな」


 実際、彼と同じく俺を作戦会議に参加させて尽力させろ、という意見は多く上がっているらしい。かなりの戦果を挙げて居るし、領土奪還側でも防衛側でも俺の名前はかなり知られている。だからこそ、それだけの力と知識を持った人間が何も協力しない、ということが気に喰わないんだろうな。そんなこと、俺の知ったことじゃないってのに。

 クラッカーを咀嚼していたセレーナは、小首を傾げる(可愛い)。


「でも、その人は大佐でしょ? 将校の中でもそんなに地位があるわけじゃないよ?」

「例え階級が低かろうと、彼を支持する者が大勢いるとしたら? 多くの者に支持されている人間に処罰を下せば、軍内での元帥への支持はがた落ちすることだろう。あくまで仮定の話だがな」


 皇国のためを思っての行動を取っているのなら、それに賛同する者が大勢出てきてもおかしくはない。まぁ、実際は軍人は命の危険はあれど高給取りだから、という理由で在籍している者も多いが。実際領土奪還側は戦果に応じて報酬が出たし、それを目的としている者が大勢いた。

 なので、領土奪還側は柔軟な思考と判断、皇国への忠義など微塵もない連中が多いのだが……皇国防衛側は、心の底から皇国に忠誠を誓い、皇国のためなら命を落としても構わないと思っている変人が多い。なので、堅物であろうと皇国を思う人間を支持する者は少なくない。


「でも、正直元帥の評判はどうでもいいかな。私は、ソテラに危害を加えようとした人間をお咎めなしで済ませるのが一番許せないし」

「軍の事情はあるんだろうが、俺もそれは納得がいかないからな。元帥は、ちゃんとどちらが正しいかを判断してくれると思うが」


 部下からの支持よりも、セレーナの脅しの方に傾くと予想している。彼女の恐ろしさを知っているあたり、効果は覿面だと思うしな。


「それに、俺の生徒は三人中二人が軍幹部の娘だぞ? その子たちを危険に晒すような真似をして、処罰なしがまかり通るわけないだろ」

「そうだね。適切な処罰が下されなかったら、その子たちの親が黙ってないよ」

「仮に元帥が馬鹿なことをしたなら、彼らにも一緒に抗議してもらおう。皆、俺が現役時代に共に戦った仲だからな。娘さんたちを俺に預けたのも、彼らだし」

「へぇ……」


 セレーナはグラスに残っていた僅かなワインを飲み干し、それを机に置いてから俺に尋ねた。


「前から思ってたんだけど、ソテラはどうしてあの子たちだけを教えてるの? 塾だったら、普通はもっと沢山生徒を入れるべきじゃない? そっちの方が、収入も増えるし」

「んー……別にこれ以上金が増えた所で意味がない、っていうのはあるよな。軍で稼いだ金がほとんど丸々残っているし」


 俺は椅子の背凭れに身体を倒した。


「まぁ、実は最初の方はそれも考えてたんだよな。塾生は十人くらいの方が、子供たちに勉強を教えている感じがするし、そっちの方が俺の知識や技術を学んだ優秀な魔法士が増えるから。でも、あの子たちを預かるって決めた時点で、それはもう無理になったんだよ」

「つまり、今の生徒さんに理由があるんだね?」

「まぁな」


 彼女たちが抱える問題は、彼女たち自身も把握している。本来は伏せておくべきなのだろうが、俺は伝えるべきだと判断した。当然、彼女たちの保護者には了承を貰っている。かなり悩み、葛藤はしていたがな。


「俺が受け持っている三人の生徒は、全員が同じ体質を持っていて、それが原因で魔法を学ぶ学校に通うことができないんだ」

「体質?」

「あぁ。感情連動性暴発体質って、知ってるか?」

「えっと、確か……原因はわかっていないけど、マナと精神の親和性が高い人がいて、特定の感情が爆発すると、それに連動して体内のマナが暴発してしまう体質、だったよね?」

「百点の答えだ」


 俺は手を伸ばし、セレーナの頭を撫でつけた。彼女は少し恥ずかしそうにしているが、満更でもない様子。

 セレーナに説明してもらった通り、感情連動性暴発体質というのは、感情によって体内のマナが大きな影響を受けてしまうという特殊な体質なことだ。この体質を持って生まれてくる確率は、一千万人に一人と言われる程に少ない。


「この体質を持つ人間は、他の人間と比べて極端に内包マナ量が多い。加えて、マナを消費した後の回復速度も異常という特徴を持つ」

「で、この話をしたってことは」

「俺が受け持つ生徒は三人全員、この体質を持つ者だ」


 奇跡と言うしかない確率だ。まさか一国、それも同じ街に三人もいるとはなんて、普通は考えられない。


「元々教育者として余生を過ごそうとは思っていたんだが、俺が塾を開くと聞いた知り合いが、娘に勉強を教えてほしい、って頼んできてな。最初は迷ったが……真剣に頭を下げられて、俺も承諾せざるを得なかったというわけだ」

「だとしても、よく承諾したね。感情連動性暴発体質って、条件が揃うとマナが暴発して無差別に周囲のものを壊す──爆弾みたいな存在、って聞いたことがあるけど」

「まぁ、俺なら何とかなるだろう、って感じで引き受けた」


 実際、セレーナの言う通り、感情連動性暴発体質の少年がマナを暴発させ、半径一キロに渡って何もない更地を生み出した、という事件は過去に起きている。その事件後、その体質を持つ者を炙り出して殺してしまおう、という運動が起き、それは今でも残っている。通称、爆弾狩り。

 周囲の人間や自分たちでさえも危険に晒すことになるため、彼女たちは普通の学校に通うことができないのだ。


「人が多く密集している学校に通わせないのは別としても、爆弾狩りっていうのは正直阿呆だと思うけどな」

「うん。例え危険な体質であっても、その子たちも人間なんだもん。危険物を処理するみたいに言って団体は正当化しているけど、あれは人殺しだからね」

「それもあるが、少し違う」


 俺は微かに酔いが回ってきたことを自覚し、彼女たちの可能性について饒舌に語って聞かせた。


「感情連動性暴発体質っていうのは、精神がマナと密接に関係している。つまり、彼女たちは修練を積めば光武具なしでマナを操作することができるかもしれないんだ。更に言えば、生まれつき持っている恵まれた膨大な内包マナ。俺があの子たちをしっかりと導き、感情とマナを自在にコントロールすることができれば、五ヵ国を含めても最高レベルの魔法士に成長するだろう。そうなれば、当面の間、国防と領土奪還の不安は解消される。いいか? 彼女たちは希望の可能性なんだ。蔑ろにするなんてもってのほか、しっかりとした教育で導いてあげなければならない。その役目を持つのが、俺なんだよ」

「うん。ソテラはちゃんと生徒さんたちを導いてあげてね。あと、ちょっと飲みすぎだよ? 大分顔赤いし……」


 そう言って水を入れたグラスを手渡したセレーナにお礼を言い、俺は水を一気に飲み干した。喉を通る冷水が酒で火照った身体を冷やし、心地よい感覚が全身に広がっていく。あぁ、少し酔いが醒めたみたいだ。


「まぁ、俺はあの子たちの成長の終着点を見ることができずに死ぬけど、その力になれるなら、それでいい」

「……」

「あぁ、そうだよ。俺が軍を抜けたのだって、これ以上戦えないからじゃない。俺は──」


 視界がぐらつき、自分でも今、何を言っているのかわからなかった。

 ただ、意識が眠りの中に落ちる寸前、俺の眼には悲しそうな顔をするセレーナが映っていた。

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