ミューズが嫉妬する

cue

第1章

第1話 リハ 1 科我 洲鳥

科我かが、今日の放課後、布橋ぬのはしで新曲やるぞ」

「………」

「これ、楽譜な。他の連中にも声掛けておくからよろしくな!」


 朝のHRが終わってすぐ、コウが突然話しかけてきた。

 コウは、俺のバンドのボーカル。いや、俺がコウのバンドのギターと言った方が正解だろう。先日、勧誘されて入ったばかりのCP LABシーピーラボという名のバンドだ。

 コウが一人でメンバーを集めて作った、まだ出来て間もないバンドだ。


「おーい、ストリー、聞いてるか?」

「ん? ああ、わかった」


 バンドも出来たてなら、このクラスも出来たてだ。何しろ今月2年生になったばかりで、コウと知り合ったのもその時が初めて。まともに会話するようになってから、まだ一週間ほどしか経っていない。お互いの距離感も全然掴めていない。


 だからなのだろう。コウは俺のことを「科我」と呼んだり「ストリー」と呼んだりと、統一感がまるでない。


 俺の名前は科我かが 洲鳥すとり。バンドではエレキギターを弾いている。いくつかのバンドは経験してきたが、どれもサポートとしての参加だったので、正式なメンバーとしては初めてのバンドとなる。専ら一人で弾いていたので、どうしてコウが俺のことを知ったのか謎だったが、どうやら練習スタジオで自己練しているところを、たまたま外から聞いていたらしい。


 ま、それはいいとして……新曲か。そういや、コウはオリジナル曲しかやるつもりないって言ってたもんな。

 二日前に布橋ぬのはしギタークラフトという楽器店の練習スタジオに入った時は、全員初顔合わせの上、持ち曲もなかったから、カバーで数曲ギグったのだ。メンバー全員、なかなかのテクニシャンだった。もちろん、俺も含めて。

 でも一番すごいのはコウだ。カバーだって言うのにまるで別の曲みたいに好き放題歌っていた。それに各メンバーへの指示も的確、かつ要求するレベルがとても高かった。


 次々と繰り出されるコウからの要求に、みんなが必死になって応えようとしていた。必死すぎて自分のことで精一杯になっている中、コウだけはちゃんと周りが見えていたのだろう。練習中にrecレックしておいた音源を後で聞いたら、初めてとは思えないほど纏まっていた。しかもオリジナルを超えているんじゃないかってくらいのレベルの高いアレンジに仕上がったいた。


 確かに俺はバンド経験が少ないけれど、それにしたって、こんなことは他のバンドじゃ滅多に経験できないだろう。コウについていけば、もっとすごい経験ができるに違いない、そう確信したのだった。


 で、譜面だっけ。


「………」


 えっと、あー、んー……


「無茶振りだろ、おい!」


 思わず独り言を呟いてしまった。いや、普段寡黙な俺にしたら呟いたなんてもんじゃない。割と大きめな声が出てしまった。慌てて回りを確認するが、誰も気にしていないようだ。クラスの連中は、一限の準備で忙しいようだ。助かった。


 って、助かってないよ。何だよ、これ。知らないコードがたくさん書いてある!


 ジャズか? ジャズなのか?


 そういえば、どんなジャンルをやるのか、二日前の時にはロクに話し合っていなかった。ただ、コウが、オリジナルしかやらんって言っただけだ。


 にしても、どうしよう? 放課後までまだ時間があるのが幸いだ。まず、授業中はスマホでコードについて調べよう。そして、休み時間になったらギターの練習をしよう。それで間に合うのか? わからん。



**********



 放課後、コウと一緒に教室を出る。向かう先は、二日前同様、「布橋ギタークラフト」という楽器店だ。練習スタジオが二つあり、コウがA stエースタを予約していた。


 スタジオに入ると、既に他のメンバーは揃っていて、セッティング中だった。

 コウが「よぉ!」っと声を掛けてスタジオに入って行く。

 まだ二日前に知り合ったばかりの連中だから、ちょっと余所余所しいのは仕方ないだろう。でも、音を鳴らし始めれば変わる筈だ。二日前だってそうだった。無茶振りに応える連帯感みたいなものを、コウ以外のメンバーは共有できていたと思う。

 ただ一人、コウだけが別次元にいて、笑顔で俺たちに指示を出しまくっていたのだ。


 セッティングが大方まとまってくると、各々、音出しを始めた。俺もチューニングが終わって、アンプのボリュームを上げる。


 譜面はもらったけれど、どういう曲なのかさっぱり理解できていない。おそらく、俺の知らないジャンルの曲なんだろう。そんな気がする。休み時間に少し練習したとは言え、今まで押さえたことのないコードばかりなので、これでもかというくらいに自信がない。そもそもコードの押さえ方があっているかどうかすら自信がない。テンションコードが多めなので、あまり歪ませず、クリーントーンにした方がいいかも知れない。トレブルは上げ目でいいかな。


「じゃ、そろそろいいかな?」


 みんなの準備が整ったところで、コウが言った。


「新曲だから、最初は慣れることに徹してね

「あっと、その前に軽く説明しておくか。この曲はまだプロットなので、1コーラスの基本部分しかない。イントロや間奏はまだってこと

「とりあえず軽く4廻しくらいしてみるか。最初は白玉メインでいいから、コード進行とキメの場所に慣れてきたらいろいろ試して遊んでみてね

「んーと、BPMビーピーエムは130くらいでいいかなあ

「良一! 8ビートで叩いてみて。ゴースト多めでよろしく!」


 ドラムがビートを刻み始める。


「おっけー、そんな感じでいいよ。じゃ、いくぞ。ワン、ツー、スリー、フォー!」


 音が出揃う。A部分は比較的楽なので、まだついていける。問題はBに入ってからだ。って、おい、ドラム。キメとかガン無視かよ。こいつ、譜面見てきてないな。しまらないどころの騒ぎじゃない。


「ストーップ!」


 1廻し終わらない内に、コウからストップが掛かった。


「良一! 何やってんだよ! お前譜面見てきてないだろ!」


 ドラムの良一って、確か学年一つ上だったよな?


「ドラムは基本なんだから、しっかりやってくれなくちゃ困るんだよ。朝、譜面渡したんだから、十分時間あったろ? 何やってんだ?」


 十分な時間は全然ありませんでした。必死に時間作って譜面見ました。と、言いたいところではあるが、全然譜面を見てこなかった良一先輩に言い訳の余地はない。全員が良一先輩を見る。アワワワって台詞が聞こえてくるようだ。猫背になってうずくまっている。身長が10cmくらい縮んだように見える。スネアの上に譜面を置いて、今更チェックしているようだ。

 学年が一つ上なんて、そんなことはコウにとっちゃ関係ないんだろう。良一先輩も、ただ慌てているだけで先輩風を吹かすようなことはなかった。というか、ここでそんなことしたら、速攻クビだろうな。何しろ、言ってることは断然コウが正しい。


「しっかたないなー。えーと、タカシ!」


 ドラムの不甲斐なさに呆れたのか、今度はベースのタカシに指示が飛ぶ。もっとも、みんなが慣れるまでは、あまり動きすぎないようにという内容だったので、決してネガティブなものではない。そして、


「それから、ストリー!」


 はいはい。やっぱり俺のところにも指示が来るようだ。


「まだコードに不安があるか?」

「ああ、慣れないコードが多くて、正直まだ不安だらけだ」

「そっか。じゃあ、ちょっと譜面をチェックするか。15分休憩しよう。良一とタカシは外で休憩して。ああ、良一は構成しっかり覚えろよ! ストリーは、俺と一緒にブースに残ってくれ」


 CP LABシーピーラボにとって初のオリジナル曲、その最初のリハは、始まって早々、中断を余儀なくされたのだった。

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