第九話――トロツキー級二番艦「ティルピッツ」

 トロツキー級二番艦「ティルピッツ」はフィヨルドを出港し、ドーバー海峡へと進路を取った。


 共産主義ドイツにあっては珍しくなった帝政時代の軍人にちなむ艦名だが、その背景にはあれやこれやの政治的な事情があるらしい。艦に乗り組む水兵たちにとってはどうでもいいことだが。


 彼女の後ろに続く赤衛艦隊の陣容は、旧式化著しい38センチ砲戦艦のマルクス級戦艦の「マルクス」、「エンゲルス」が続く。


 他は重巡洋艦3隻、駆逐艦12隻。

 この「ヴァルキュリア作戦」にドイツ人民共和国海軍が動員出来た、精一杯の戦力であった。


 なけなしの空母機動部隊をアラビア海で失った共産主義者のドイツには必死に航空母艦を建造していたが、実際に戦場へ投入出来る空母は現時点で存在しなかった。


 とはいえ、資本主義者たちは開戦直後に踏み潰されたベルギーやオランダ王国の国土回復を名目に大規模上陸作戦を企みつつあった。その露払いとして、ドーバー海峡沖の制海権を巡る戦いが起ころうとしていた。

後の世に言う第二次ドーバー海峡沖海戦である。


――日英連合JUKSの空母機動部隊を相手に生き残れる艦がいるだろうか。


 艦長のアルベルト大佐は内心で嘆息する。

 アルベルトはアラビア海で日本人が見せた獰猛さを肌身で知っていた。彼はトロツキーで砲術長をしていたからだ。

 誰よりも海洋国家の海軍の恐ろしさを知り抜いている彼が、再び旗艦で戦闘参加していることの皮肉を思わざるを得ない。

 内心で彼は共産主義が禁じている宗教の神に祈っていた。


「ドイツ人民共和国に栄光あれ!」


#100文字の架空戦記

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