第7話 頑張ること◆

 困ったことになった。

 あさきはこめかみに手をおいて、うーんと悩んだ。

 今日もあさきは、役を決めるために生徒達に打診していた。

 あさきは、皆の意見をもとに考え、話し合いも行った結果、役の選出を「挙手制」ではなく、「無記名の投票制」で決めることにした。

 まず、役名を書いたプリントを配って、投票者は無記名で、それぞれの役の候補の生徒を書いてもらう。それから、選出過程をクリアーにするために、候補としてあがった子を中間発表として上げる。そして、一対一で、あさきから各自候補に挙がった生徒に打診していく。そこで、候補の生徒から希望があれば、その生徒に決定し、決まらなければ、候補を再度投票してもらう。もちろん、本決定の前で「やっぱりやりたい」と思った生徒の意見もできるかぎり聞く予定だった。

 挙手をして意思を表さないといけないとなると、勇気が出ない子もいる。無記名の投票にすることで、自薦も他薦もしやすくなり、結果いろんな子が舞台に出られるきっかけになると考えたのだ。

 しかし、この選出方法にもリスクはあった。

 この決定の仕方だと、役が決まるまでに、結構の時間がかかる。また、中間発表をすることで、すぐに決まらなかった場合、名前があがった子に圧がかかる可能性もある。

 それでも、周囲の顔色を気にせず、生徒皆がやりたいという意思を表せる環境を作りたい――その意見が結局大多数をしめ、無記名の投票制になったのだった。

 あさきは選出方法が決まると、すぐにプリントを配り、投票を募った。そして、プリントを配っての一週間後の今日ようやく中間発表があったのである。担任の福田は、忙しい中、一人で開票して、候補者を一枚のプリントにまとめてくれた。

 そこまではよかったのだが。


(見通しが甘かったかなあ)


 プリントに書かれた役の候補には、なんと、あさきの名前が三つも並んでいたのだった。

 主役の王女と、王女が死ぬのろいをかけた魔法使い、そしてのろいを百年眠るまじないに変えた魔法使いである。

 それ自体はありがたい話だった。けれど、肩身がせまい思いもあった。あさきは動じない体で自分の名前を皆と眺めていた。


「あさき、自分で書いたんかー?」


 という島のからかいに


「ばれたか」


 とふざけて、ごまかした。しかし、あさきは自薦はしていなかった。島達は、正直、少しおもしろくない顔をしていた。

 しかし、それ以上に島達の興味は、もっと違うところにあった。


「松野も、二つあがってんじゃん。王女とのろいをかけた魔法使いかあ。王女とか、絶対自分で書いたよ。絶対魔法使いのほうがあってんじゃん。だって私が書いたもんね」

「島あー。それ一応言っちゃだめなやつだから。つーか島も、悪い方に書かれてんじゃん」

「まあな。ちっ、書いた奴だれだよ」

「うける。まあ、マレフィセントでしょ? いいじゃん、結構かっこよくない? そういや、早愛も書かれてるね。いい魔法使いのほう」

「やったね。普段の行い?」

「うける」


 あさきは、ここでようやく、この選出方法の穴に気づいたのだった。

 この方法だと、挙手制ならあたらないですむ生徒があたる。また、挙手制なら候補にあたらないことが周りにばれないでいられるのが、この方法ではそうはいかない。

 あわてて、クラスの皆を見渡した。誰か、いやな役に当たったり、選ばれなかった事で、ショックを受けている子はいないだろうか。

 松野達が、固まってこそこそと何か言っている。何か不満げな空気を漂わせていた。やはり、いやな役に当たってしまったのであろうか。

 ほかの生徒で、傍目には、皆、何か目立って落ち込んでいる子はいなかった。これからまた、気持ちを聞いていくのが大切だろうとあさきは思った。


 それで、早速、打診もかねて他の生徒たちに聞き込みにいったのだ。


「候補にあがった役で、やりたいなっていう気持ちはある?」

「別に」


 松野はやはりというべきか、とりつく島がなかった。何か書きながら、畑や椎名たちに機嫌よく話している。あさきの方を絶対に見ないと言う意思が感じられた。あさきとしては、どうにか話がしたかったので、ずっと隣に座ってみていた。


「なーんかずっと空気読めない人いるね」

「本当にさ、何でいるのかな」

「こっちの意見なんか、どうせ聞かないくせにね」

「役で自分の名前書いちゃうくらいだしね」

「松野のことも悪役にあてるしね。それでさらすし」

「本当。信じられない。一応トップのすることと思えない。恥ずかしい」

「いっそさ、もう三役やっちゃえばいいじゃんねえ。変にいいこぶって、こっちに言質取ろうとしないで、欲望、のままにさ」

「ええ、それ、めちゃくちゃ早着替えしまくるってこと? 人こき使ってさ。あはは。ちょっと見てみたいかも」

「結局自分が楽しけりゃいいんだもんねー」


 ずっとこちらを見ないのに、ものすごく笑ってくる。


「そんなに言うって事は、何か意見があるんだよね?」

「――はあ? あーあ、聞かないくせに言うんだよね」

「そっちこそ、話を聞いて。ちゃんと向き合って話そうよ」


 あさきも思わず、少し言葉が強くなってしまった。松野達は、そんなあさきに対して、目を輝かせた。


「やっぱり。都合悪くなると、そうやって怒って脅すんだよね」

「ワンマンな本性出た」

「そんな人と、話なんかできない」


 それっきりだった。知らず存ぜずで、いっさい話ができなかった。あさきは、困り果ててしまった。一連の流れを思い出し、あさきはため息をついた。

 怒ってしまったのはよくなかった。曲がりなりにも、自分は皆をまとめる立場にいるというのに、怒ってしまっては、意見を圧殺してしまう。もっとそのことに責任を持たなければ、うんうんとあさきはうなずいた。


「あさちゃん」


 早愛が、小声で呼んで、とんとんとあさきの腕をつついた。あさきが、早愛の方を見ると、早愛は心配げにあさきを見ていた。


「大丈夫?」

「早愛。ありがとう、大丈夫だよ」

「松野のこと、悩んでるの?」


 あさきが笑い返すと、早愛はおずおずと尋ねてきた。指をもう一方の手でしごく、いつもの、困ったときや何か言いあぐねている時にする仕草をしている。あさきは、まじめな顔になると、


「うん」


 と答えた。早愛は椅子をとなりのあさきの椅子ぎりぎりまで寄せて、身をくっつけて話し出した。


「ひどいよ。あさちゃんがんばってるのに、文句ばっかり。私、あいつら、嫌い」

「そっか。でも、私がもっと、がんばんなきゃね。嫌いっていっちゃダメだよ。でも、ありがと、早愛。怒ってくれて」

「ううん。ごめんなさい。あのね」


 早愛が、もごもごと口を動かす。言いたいけれど、勇気が出ない、そんな様子だった。けれど、言わないという選択肢はなく、今言おうとしていのがわかったので、あさきは続きを待った。


「うん」

「先生に入ってもらう、ていうのは?」

「先生に?」

「うん。あのね、話し合うのも、ただ今みたいに話し合うんじゃなくて、先生に見てもらって、何か、見張りって言うか、そう、三人とかで話し合ったりすれば、あいつらも、ちゃんと話すと思う、話すと思ったんだけど」

「うん、うん。――ああ、なるほど、立ち会ってもらうんだ!」

「そう、それ!」


 早愛が提案したいのは、先生の立ち会いのもとの話し合いだった。あさきは、ほうと声を上げた。早愛は、意図が伝わったので、人差し指をふりながら、嬉しそうにした。


「そっか。それ、いいね!」

「そうかな。そう思う? 思ってくれる」

「うん。松野達も、福田先生のことは好きみたいだし。話しやすいよね。頼んでみるよ。メモしとこう」


 早愛は指をしごきながら頬を赤くした。あさきは、ペンで「先生に入ってもらって話し合い!」と書くと、早愛を見て、にこにこと笑った。


「早愛、いつもありがとね」


 早愛は、「えへへ」とはにかんだ。


「なーにしてんの」


 島が、あさきの首に抱きついてきた。「ぐえっ」とあさきが声を上げると、奥村がけらけら笑った。


「びっくりしたあ」

「あさき、ぐえっだって。で、何話してたの?」

「うん。早愛がさ、いいアイデアをくれたの」

「は?」

「松野達と話す時の」

「あー。もういいじゃんあいつらなんて」

「ほっとけばー?」


 肩をすくめる奥村に、のどをさすりながら、あさきが笑う。


「心配してくれてありがと。早愛のアイデア試したいんだ」

「そう?」

「仕方ないなーあさきは」


 奥村、真木があさきに苦笑する。島は、むすっとしていたが。あさきと目が合うと


「まあ、がんばれば」


 と口角をあげた。



「城田さん」


 放課後、あさきが「六年三組ノート」を確認していると、田中がそっと声をかけてきた。人がいない時を見はからって、それから満を持してかけられた声に聞こえた。


「どうしたの。田中さん」


 あさきが、返事をすると、田中は顔を固くしてうつむかせていたが、座っているあさきには、その表情を見ることができた。じっと何かを覚悟したような顔をしていた。あさきが、静かに田中の目を見つめていると、田中は意を決したように、顔を上げた。


「私。朗読役、してみたいと思う」


 あさきは、目を見開いた。田中は、数人いる朗読の役のうちの一人に選出されていた。あさきは打診に行ったが、うなずいてくれたものは少なく、人数が足りていなかった。田中は、あさきの反応を、こわごわと見ながら、それでももう引けないという決死の顔をしていた。


「本当! わあ、うれしい!」


 あさきは立ち上がって、田中の肩口に手を置いた。田中は身を縮めたが、あさきの顔がきらきらとしているのに、ほっと口元をゆるめた。


「あの、うまくできるか、わかんないけど」

「田中さんなら、できるよ! 皆でがんばろう!」


 あさきが力強く言うと、田中は「うん」と言ってくれた。


「城田さんが、ずっと、私たちに、聞いてくれたでしょ。最後だし、私も、がんばろうって、勇気だそうって思ったんだ」


 田中の言葉に、あさきは胸がじいんと熱くなった。ものすごく嬉しかった。


「ありがとう、田中さん。すごい嬉しい」


 あさきは、胸の奥から、元気がわいてくるのを感じた。

 うまくできないことも、皆に楽しんでもらうことも難しい。けれど、落ち込んでいても仕方ない、嘆いても仕方ない、とにかく、前に進んでいくんだと、改めてそう思った。

 失敗も多いけれど、助けてくれる人も、勇気を出してくれる人もいる。やらないと、何も始まらないのだと、そう思った。

 もっと自分のことをほめてあげよう。

 松野とのことも、きっとうまくいく、そう思えた。

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