間が悪いどころではない

私は本当に間が悪い。運がないというか悪いというか、信じられないようなアクシデントに見舞われるのだ。


例えば大学のとき、朝1限目の授業に遅れそうだった。電車の乗り換えで発車のベルが鳴り、懸命に走った。もう少しで扉が閉まる前に乗れる!

……と思った瞬間、脱げた私のパンプスがクルクルと回って電車とホームの隙間から線路に落ちた。


あのとき自分は片方の靴は諦めて電車に乗るべきだったのだろうか。実際は1限目には間に合わず、駅員さんに靴をとってもらったのだ。


そういえば学食で、ミックスジュースを勢い良く溢したことがあった。親切な男子学生が片付けを手伝ってくれて、デートに誘ってくれたが、会ったばかりなのに2週間後のクリスマスを泊まりで過ごそうと言われドン引きした。今でいうヤリ目ヤリモクというやつである。


枚挙まいきょいとまがない。

そんなわけで、今信じられない状態にあり、困っている。休日出勤で得意先の会社に報告書を持ってきたのだが、駐車場に閉じ込められている。真っ暗の。


そもそも休日だからセキュリティーを中から解除するので裏口から入ってくれ、と言われたのに、先に中から人が出てきたはずみで開いたドアから入ってしまったのが間違いだった。


中は真っ暗な立体式駐車場、つまり車を出す時も、入れる時もエレベーター状の機械で出し入れするタイプだった。勿論オフィスに通じるドアがあるはずだが、真っ暗闇である。


携帯は?こんな時は携帯からクライアントに連絡するのが筋だ。ところがいつも社の電話でやり取りしていたから番号が分からない。警察に電話する?それほどの非常事態ではない……。


とにかく携帯を取り出す。光源にはなるはずだ。バッテリー残7パーセント。ちょっとだけ心臓の鼓動が速くなる。大丈夫。大丈夫。怖くない。オフィスへの入り口を探すのには十分だ。


足元は鉄でできたターンテーブル。奥には機械があるようだ。携帯で照らして奥へ進む。ズッシリと重い報告書を入れたカバンが肩に食い込む。こんな時に嫌なことを思い出した。最近、機械式駐車場の消火システムを人が中にいるのに発動してしまい、酸素を排気して消火する仕組みゆえに窒息させてしまう事故が頻発しているというニュース。この状況で消火ボタンは押せないはずと自分を納得させる。妄想しちゃいけない。怖くない。怖く、ない。


そのとき電話の着信音が鳴り響いた。

私の、ではない。どこかで別の携帯がなっているのだ。何という間の悪さだろう。驚いて携帯を取り落としてしまった。慌てて自分の携帯を追いかけようとして蹴ってしまった。勢いよく床を滑っていく携帯。


やっとのことで落とした携帯を捕まえて、ゾッとした。


スレスレだ。


深さはどれくらいあるのか、地下の格納庫への段差の端に自分が立っていることに気づいた。危うく落ちるところだったのだ。


着信音はまだなっている。駐車している車の中から。その着信音に合わせて助手席が、携帯の青白い光で照らされる。

強く、弱く。強く、弱く。

私は後退りで、出口があるであろう方向にジリジリと移動し始めた。


私の携帯の画面がフッと消えた。

このタイミングで。間が悪いどころじゃない。暗闇にまだ着信音が鳴り響いている。私はドアに向かって駆け出した。体当たりのようにドアにたどり着きノブを回した。開かない。半狂乱で鉄製のドアを叩き、力任せにノブを引っ張る。開かない。開かない!


…不意に体が引っ張られる感覚。ドアノブに引きずられてビルの中に倒れ込んだ。


「なかなか来ないと思ったら、何やってるんですか、あなた」


クライアントのGさんだった。携帯の着信音はいつの間にか止んでいた。真っ暗な駐車場で立ち往生していたことを告げたが、他のことはGさんには言えなかった。


だって、駐車した車の助手席に、女などいなかった。断じて、青白い顔にセミロングヘアの、襟の大きなコートを着た女なんていなかったのだ。あれは私の妄想に違いない。


そうに違いないのだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る