第12話 破る

「うひひ……くすぐった~い♪」


 こしょばいのを堪えながら床に仰向けで寝ている小百合。

 小百合の身体の上には100人のこびとたちが乗っていた。

 彼らは小百合の思い付いた遊び「身体の上レース」に付き合わされていた。


「身体の上レース」のルールは簡単。

 小百合の鎖骨から股間にある恥丘まで走り、一番速かったこびとが勝ちといった具合だ。

 ちなみに優勝者には夕食時にプリンが付くという特典付きである。

 これをまた別のこびと100人と入れ替えながらあそぶのだ。

 本当は一度に全員乗せれば手っ取り早いのだが、ワンピース越しとはいえ小百合の敏感肌では全員振るい落としかねないのだ。小百合なりの事故防止策である。


 小百合は自分の身体の表面をこびとたちが一生懸命走っているのが面白くて仕方がなかった。

 白いワンピースに映える黒い点の数々。

 ちょっとした起伏でさえ(自虐ではない)急勾配に感じているであろうもたつき具合。

 100人ものこびとたちが股間に向かって走っていくという滑稽な光景。

 その際に発生する適度なくすぐったさ。

 全てが面白く感じた。


 しかし何よりも一番良かったのは、こびとたちが恥丘の上に立つ感触だ。

 1ヶ月前に味わったあの忘れられない快感。あれを僅かながらに彷彿とさせるこの感触が堪らなかった。


「あん……気持ちいい………ふふ………。」


 恥じらいと心地よさ、そして謎の優越感による気分の昂りが小百合のショーツを充分に湿らせていた。



 ※



 一方のこびとたちは起伏の激しい巨大な人体の上を走るという過酷な運動を強いられ、疲労困憊していた。

 更に小百合の呼吸によって地形は上昇と下降を繰り返し、こびとたちの足取りを困難なものにしている。

 極めつけにはくすぐりに悶える小百合の微かな動きが、こびとたちには地震のような揺れとなって襲いかかっていた。


 遥か遠い恥丘という名のゴールを目指して走りながらこびとたちは思う。

 何故我々はこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 何故我々はこんな年端も行かない子供の言うことに付き合わされなくてはいけないのか。

 何故ワンピース越しとはいえ子供の恥丘に向かって走るという滑稽な真似をしなくてはいけないのか。

 各々が不満を抱きながらもこびとたちは言われた通りに走り続けていた。


「はぁ……はぁ……やっと着いた………。」


 ふらふらになりながらも、どうにか小百合の恥丘の上に辿り着いたひとりのこびと。

 遥か向こうにはニッコリと笑う巨人の顔が見える。


「くそぅ……馬鹿にしやがって……はぁ……大の大人を一体何だと思っていやがるんだ……はぁ………ん……………?」


 不満のあまり悪態をつくこびとがふと足下の異常に気付く。


 ねぱぁ………


 こびと周辺のワンピースの生地が甘酸っぱい匂いを放ちながら湿り気を帯びてきたのだ。


「………!!こいつ………一丁前に感じてやがる……!俺たちを使って発情していやがる……!くそッ!ふざけやがって!!」


 子供の性の道具にされたことに腹を立てるこびと。プライドを激しく傷つけられていた。

 今まで畏怖の念を抱いていた対象に強い憎悪の感情を向ける。


「調子に乗りやがってあのメスガキが………!大人をおちょくったらどうなるか思い知らせてやる………!」


 復讐を誓ったこびとは一旦小百合の身体から降ろされていった。

 この日の遊びは体力的にキツかったが、小百合の配慮もあり珍しく死傷者が出ることなく終えた。

 小百合も満足した様子で鼻歌を歌いながら夕食を食べに部屋をあとにした。


 その間、街の人々で話し合いが行われていた。内容は勿論小百合への意趣返しについてである。


「……何だって!俺たちを使って気持ち良くなっていただと……!?


「冗談じゃない!我々を何だと思っているんだ!全く腹立たしい!」


「今日は誰も死んだりしなかったけど、まさかそんなことに使われていたなんて………。」


「このまま奴の好きにさせてたまるか!目に物見せてやる!」


「にしたってあの大きさだ。一体俺たちに何ができる………?」


 3000人ものこびとたちが街の広場に集い、小百合への復讐を企てる。

 しかし全長約1.5キロメートルの身長を持つ大巨人に対抗する術はなかなか見つからなかった。


「……俺に考えがある。」


 そこに声を上げた人物が現れる。

 小百合の愛液に気付いたこびとである。


「あの巨体相手じゃあ傷ひとつ付けられないのはみんな周知の事実だ。だが、別の方法であのメスガキに一矢報いること位ならできる筈。みんなで協力して、奴に一泡吹かせてやろうじゃないか!?」


「おお!アイツに反撃できるならなんでもやってやるぜ!」


「で、何をするんだ!?」


「くくく……それはな………。」


 小百合が夕食を食べている間、こびとたちの作戦会議は進められていった。



 ※



「みんなお待たせ!夕食の時間だよ~♪」


 満腹でご満悦な小百合が部屋に戻ってくる。

 小百合の口が近づくと街一帯が馴染みのある香ばしい匂いに包まれた。

 どうやら夕食はカレーライスだったらしい。


「今日の夕ご飯はカレーライスだよ♪甘口だから辛いの好きな人いたらごめんね。」


 そう言って街の中央にある広場に持ってきたカレーライスを指で盛り付ける。

 勿論そのままでは大き過ぎるので、事前に小百合が口に入れて噛み潰したものである。

 小百合の強靭な奥歯によってカレーの具材や米はペースト状になるまで咀嚼され、それに加えて小百合の大量の唾液が満遍なくミックスされていた。

 それが街の中央広場に一戸建ての家サイズで盛り付けられる。

 辺りに唾液とカレーの匂いが広がる。


 こびとたちの食事はいつもこんな感じだった。

 正直、とてもじゃないが食欲をそそる見た目と匂いではない。

 むしろ見ようによっては嘔吐物に見えなくもない。

 それでもこびとたちには我慢して食べるという選択しかなかった。

 こうしないと硬くて食べられないのだ。

 噛み砕いてもらわないと食べることさえもできない。

 まるで生まれたばかりの赤ん坊だ。

 大人たちは女子児童の噛み潰したものを口にするということに一種の屈辱感を感じていた。


「ゆっくり食べていいからね~。」


 そんな思いも知らずに胡座をかいてこびとたちを見守る小百合。

 その背後から50人程のこびとたちが忍び寄っていることにはまだ気付いていなかった。


「よし……気付かれていないようだ。みんな、準備はいいな!?」


 1組10人の集団に指示するリーダー格のこびと。


「今だッ!」


 その合図と共に一斉にあらゆる角度からバケツの中身を小百合の着ているワンピースに向かってぶっかけるこびとたち。

 ガソリンである。

 胡座をかいている小百合の真後ろ、お尻の周りにガソリンがかかる。

 ワンピースの生地がガソリンを吸収するが量が微量な為、小百合のショーツまでは浸透しなかった。


「ようしお次は仕上げだ!火を放てッ!」


 指示に従い今度は火のついた松明を投げ出すこびとたち。

 投げた松明がガソリンのかかった場所に当たり火がつく。

 ワンピースのお尻部分にポツポツと赤い点が浮かぶ。


「やったぜ!ざまあみろ!!」


「俺たちを人間扱いしなかった罰だ!」


「小さいからって舐めんな糞ガキィ!」


 この時まだ小百合は背後での出来事に気付いておらず、こびとたちの食事を見守り続けていた。



 ※



「みんな美味しい?お米はそれで終わりだけど、カレーはまだあるからね~♪」


 自分の用意したカレーライスに群がるこびとたちを見て微笑む小百合。

 やっぱりこびとたちは可愛い。

 時々自分のうっかりで死なせてしまうことはあったけど、少しずつコツを掴んできた。

 今度こそ、こびとさんたちと良い関係を築けていける!


 小百合は、こびとたちに対して『人』として見るか『こびと』として見るか、ずっと悩み続けていた。

 だけどそれはもう終わった。

 答えが出たのだ。


『人として尊重した上で』こびととして見ることに決めたのだ。


 やはりこのサイズ差では同じ人間として関わるのは難しい。

 でも、いくら小さくても相手は自分と同じ人間。

 人間としての尊厳は守られるべきだ。


 それならば、今後はこびとたちと良い人間関係を築くことに重点を置き、それを大前提として『友達のこびとさんたち』という枠で見ることにすればよい。


 この考え方ならこのジレンマとの戦いも終わりを迎えることができる。


 一線を越えないという誓いを破らずに済む。


 小百合はこの誓いを守り続けると心に決めた。



「………ん………?」


 何か変な匂いがする………。

 ちょっと焦げ臭いような………。

 でも、一体どうして………?


 鼻をすんすんと鳴らす小百合。

 匂いの元が分からない。

 周囲を見回しても何かが燃えている様子はない。


「何処からの匂いだろう………あ!?」


 ショーツまで火がまわってようやく臀部の異変に気付く小百合。

 最初は小さかった炎が今は小百合の肉眼でもわかる程広がっていた。


「うわあッ!熱ッ!熱ッ!」


 慌てて立ち上がりお尻を叩くが、火の勢いは増すばかり。徐々に背中や腰まで燃え広がってきていた。


「わっ!わっ!どーしよー!!」


 部屋から出てお風呂場へ直行する小百合。急いでシャワーの水をかけるが全く消える気配がない。

 ガソリンでの発火には水は意味をなさなかったのだ。


「燃えちゃう!ワンピースが!!燃えちゃうよぉぉぉッ!!!」


 熱さに耐えきれずワンピースとショーツを脱ぎ捨て、素っ裸で水をかけ続ける小百合。

 しかし無常にも火は燃え続け消火することはなかった。



 ※



「はっはっは!見たかあの慌てよう!」


「俺たちをコケにした報いだ!」


「今頃あのメスガキが泣きじゃくっているかと思うと、胸が清々するぜ!わはははは!」


 その頃、こびとたちは街で酒盛りをして盛り上がっていた。

 憎き大巨人を懲らしめてやったのだ。

 これまでの恨み辛みを晴らした思いだった。

 街中で人々が大騒ぎをしていた。

 まるでお祭り騒ぎのような賑わいだった。


「はっはぁ!これで少しは俺たちに対して敬意を払うってもんだろう!」


「大人の怖さを思い知ったかってんだ!がははははは!」




 ギィ……………


「あっ……………。」


 人々が一瞬で静まり返る。


 街中が静寂に包まれる。


 街の遥か向こうにある部屋のドアがゆっくりと開かれていた。


 その奥にはびしょ濡れになり全裸になった小百合が聳え立っていた。


 小百合の右手には黒く染まった布が握り締められていた。


 瞳の奥は絶望に支配され、大粒の涙が流れ続けていた。


 そして。




 口許だけが笑っていた。



 異様に口角が吊り上がり口が裂けんばかりに開いていた。


 それを見たこびとたちは絶句した。


 やり過ぎた。


 やり過ぎてしまった。


 巨人に与えた心的外傷は思いの外大きかった。


 今の巨人はもう話など通じないだろう。


 自分たちがそうさせてしまったのだ。


 ルールを破ってしまったばっかりに。


 巨人を抑制不可能にさせてしまった。


 神を怒らせたのだ。



 ※



 小百合は決心した。


 心に刻んだ決意を新たにした。


 一線を越えることにした。


 人として見ないことにした。


 モノとして見ることにした。


 小百合は誓いを破った。

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